2024.5.31
私は、寅子は幸せだと思う。父の直言は寅子を宝物だとしていたし、夫の優三は、寅子が自分らしい人生を送ることが望みだとしていたからだ。父や夫からそんな風に思われている女性は多くはないだろう。私はそう思われている人は幸せだろうし、また、そう思う対象がいる人も幸せだろうと思う。
では、寅子はどうして父や夫からそう思われたのだろか。直言や優三のキャラもあるだろうけれど、二人とも寅子の飽くなき挑戦心に魅力を覚えていたのではないだろうか。高い目標を持ち人並外れた努力をする人に喝采を贈りたいことは理解しやすい心情である。けれども、自分の身内が、世間の常識とは外れた行動をとろうとすると、それに水をかけようとする現象もありふれている。自分の子どもが困難な道を進もうとすることに不安を覚えたり、パートナーの幸せよりも自分の幸せを優先することなど決して不思議ではない。けれども、寅子はそうではなかった。父と夫がよき理解者だったのだ。だから、寅子は幸せだと思う。もちろん、そんな期待をされれば責任を伴う。
寅子が素晴らしいのは、そんな父や夫の期待に応えて、「男女平等」に挑戦し続けたことだ。
日本国憲法14条と13条がドラマの中で紹介されていた。
14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において差別されない。」、「華族その他の貴族の制度は、これを認めない。」と読まれていた、ドラマでは割愛されていたけれど、14条には、栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない…、などという条項もある。
13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に関する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と全文読まれていた。
女性差別を身をもって味わい、それに抗ってきた寅子からすれば、「性別により、社会的関係において差別されない」などというフレーズは「天からの贈り物」のように思われたであろう。
自分が個人として尊重され、その生命や自由や幸福になりたいという欲求が国政の最優先事項になることなど、誰もが想像できなかったことであろう。戦争や戦力の放棄と合わせて、「新しい時代が始まる」という解放感を多くの人が覚えたであろう。
ところで、性別による差別を考えるうえで忘れてはならない条文がある。憲法24条だ。
その1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」その2項は、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」とされている。長い条文なので朝ドラで紹介するのは難しいかもしれないけれど、寅子の今後の仕事にもかかわるので、引用される機会があるかもしれない。
ご承知の方も多いと思うけれど、この条文が憲法に書き込まれるうえで大きな役割を果たしたのが、ベアテ・シロタ・ゴードンである。彼女は、1923年(大正12年)、父レオ・シロタと母オーギュスティーヌの間にウィーンで生まれ、1929年(昭和6年)5歳で来日する。15歳で、サンフランシスコのカレッジに留学し、米国で生活する(両親は日本在住なので、往来はあった)。1945年(昭和20年)12月24日、GHQの民間人要員として日本に赴任。当時、22歳の彼女は、GHQ民生局の一員として、日本国憲法の男女平等の条項を起案する。日本の実情を知っている彼女は、「私は日本の国がよくなることは、女性と子供が幸せになることだと考えていた。だから、色々な国の憲法を読んでも、その部分だけが目に入ってきた。」と回想している(『1945年のクリスマス』・朝日文庫・2016年)。
三淵嘉子さんは1914年(大正3年)生まれだから、憲法が公布された1946年(昭和21年)は32歳である。司法省に裁判官としての採用を申し出るのは1947年3月である。その時の人事課長は石田和外氏(ドラマでは桂場等一郎)。その後、嘉子さんは裁判官になる。
嘉子さんがベアテさんのことをどの程度知っていたかどうかは知らない。けれども、寅子がひたすら求めた男女の平等が、嘉子さんよりも10歳ほど若いベアテさんの尽力があって、日本国憲法24条として結実したことは史実である。
ベアテさんは私の母と同じ年に生まれている。私の母は101歳を迎えた。ベアテさんは2012年89歳で永眠している。私は日本国憲法が施行された1947年に生まれている。私はベアテさんの想いを継承したいと思う。母は私を宝物だという。私は、嘉子さんやベアテさんや母たちがこの100年をどんな想いで生きてきたのか、その想いにどう応えればいいのか、朝ドラの超速い展開の中で考えている。(2024年5月31日記)
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