2024.6.3
はじめに
5月22日~26日の5日間、日本AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)が企画した、台湾・金門島、花蓮市をめぐる「平和のための市民交流の旅」に参加した。参加の動機は、「台湾有事」がいわれているので、台湾の状況を少しでも肌で感じたいということにあった。
丁度、中国が台湾の頼清徳新総裁の姿勢に反発して軍事演習をしている最中だった。台北のホテルではNHKニュースを視ることができるので、日本では「大騒ぎ」になっていることを知ることはできた。もちろん、台湾でもニュースになっているけれど、現地のガイドは「いつものことです」として緊張感はまったくなかった。
現地の新聞報道によれば、中国軍は米国の対応を考えて実弾は使用していなかったという。事務所のメンバーや家族には心配かけたけれど、金門島も含めて平穏な旅であった。
それはそれとして、いくつかの貴重な体験もした。「平和、武力反対、自主、気候重視」と題する反戦声明を発した学者グループとの対話、大日本帝国が台湾から撤退した後、台湾では民衆の抵抗や「白色テロ」があったことを知ったことなどである。ここでは、台湾の研究者との交流について報告する。
台湾の学者の反戦声明
昨年3月20日、台湾の学者・研究者37人が「反戦声明」を発出している。その内容は、⓵ウクライナの平和 停戦交渉を。②米国の軍国主義と経済制裁の中止を。③米中戦争はいらない 台湾は自主を 大国とは友好的で等距離の関係の維持を。④国家予算は人々の生活・気候変動緩和に使え 戦争や軍事に使うな。の4項目である。
⓵では、和平交渉は停戦の唯一の道であるとして、NATOに対して、外交的努力を妨害することを止めることなどを求めている。⓶では、アメリカは建国以来、戦争をしなかった年はほとんどない。2001年以降の20年間で米国の国防支出は14兆ドルに達し、そのうちの2分の1から3分の1が軍需産業の懐に入っている。NATOの兵器がウクライナに入り続ける限りこの戦争の終わりは見えない、ということなどに触れられている。③では、米中双方は、すべての意見の相違を平和的手段で解決しなければならない。台湾は自主独立の立場をとり、全人類の平等・福祉・平和を増進できる分野で各国と協力すべきである。各大国とは等距離の外交を維持し、知恵のある戦略と手腕をもって台湾海峡両岸の安全を守るべきである。アメリカの覇権主義の弟分や子分になるべきではなく、逆に、中国の「戦狼」の対抗関係の一環となるべきでもない、とされている。④では、世界が異常気象、水資源枯渇、生物多様性喪失などの多重の危機に直面している今、国家予算はこれらのために使用されるべきであって、軍拡競争や相互挑発というブラックホールにつぎ込むべきではない。13000発もの核弾頭を保有する世界において、迫り来る核による壊滅の脅威が気候変動の危機を覆い隠している。全てが静寂になってしまったとき、政治家たちが戦争で守れると主張する「主権」、「民主主義」、「自由」はどこにあるというのだろうか、とされている。
その結びはこうである。
私たちは大陸中国による台湾に対するあらゆる侮蔑、弾圧や武力による威嚇に反対する。しかし、台湾の主要メディアの戦狼・中国に対する批判を繰り返すことは、この声明の役割ではない。私たちが望むのは、人々の英知を集め、米中対抗の下でのより冷静で平和的な台湾独自の進むべき道を考え出すことである。
王さんたちとの交流
私たちは、この声明に署名している台湾中央研究院の王智明氏たちと交流した。台湾中央研究院は国立の研究機関で3千人からのメンバーがいて、自由に研究しているという。王氏の見解は声明に示されたとおりだし、同席した二人の若い研究員も「ロシアの武力行使は侵略だけれど、NATOの東方展開も問題だ」、「中国との緊張の責任はもっぱら米国にある」とか「べ平連の活動や全共闘の研究をしている」などと報告していたので、自由に研究をしているというのは本当だと思った。台湾では「学問の自由」や「言論の自由」は保障されているようである。
私の発言
私も日本の平和活動家として発言した。私は、まず、「13000発もの核弾頭を保有する世界において、迫り来る核による壊滅の脅威が気候変動の危機を覆い隠している。全てが静寂になってしまったとき、政治家たちが戦争で守れると主張する「主権」、「民主主義」、「自由」はどこにあるというのだろうか」という部分に強く共感すると述べた。私も、核兵器使用の危機は迫っているし、日本では国家あげての戦争準備が進められていることに危機感を抱いているだけではなく、「全てが静寂になってしまったとき」というフレーズにカントの「永遠平和のために」を感じたからである。
その上で、日本反核法律家協会の紹介と日本国憲法9条の話を続けた。9条の背景には原爆投下があったこと。つまり、今度、世界戦争になれば核兵器が使用されて人類社会は滅びるかもしれない。だから戦争をしてはならない。戦争をしないのであれば戦力はいらない、という論理を時の政府は展開していたことなどを紹介した。また、世界には軍隊のない国が26ヵ国あるのだから、核兵器も戦争もない世界の実現は決して夢物語ではないことも発言した。
そして、現在問われているのは「核兵器による平和か」、「平和を愛する諸国民の公正と信義による平和」かである。私たちの選択は明らかではないかと提起した。
最後に、皆さん方の考えが台湾では多数派でないことは承知している。私たちの主張も同様に国内では少数だ。けれども、皆さん方のような人が台湾にいることを知ったことはうれしい。私たちのような日本人がいることも知って欲しいと結んだ。
三人とも大きく頷きながら聞いてくれていた(ように見えた)。同行したメンバーは「いい交流ができた」と言ってくれた。有意義な時間だった。
まとめ
米国の対中政策が「関与」から「対立」へと変わったせいで、日本も台湾も中国との「熱い戦い」に巻き込まれるかもしれない。5月20日、中国の呉江浩駐日大使が、日本が「台湾独立」や「中国分裂」に加担すれば「民衆が火の中に連れ込まれることになる」と発言したという。それを問題発言だと騒ぎ立てる勢力があるけれど、「敵国」の大使が言っているのだからその危険はあると受け止めることが肝要であろう。「台湾有事は日本有事」というのは、「火の中に巻き込まれる」危険を自ら招くようなものだということを忘れてはならない。
私たちに求められていることは、米国の扇動に乗って軍事力を強化することでも、台湾に味方することでもなく、人々の英知を集め、米中対抗の下でのより冷静で平和的な日本独自の進むべき道を考え出すことであろう。武力衝突となれば核兵器が使用され「すべてが静寂となる」かもしれないからである。(2024年5月30日記)
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