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「核兵器廃絶」と憲法9条



2025.8.4

参政党の何が問題なのか

参政党が躍進した
 今回の参議院選挙の結果について、あなたはどう感じていますか。私は、自公が参議院でも過半数を割ったことはいいことだけれど、手放しでは喜べないと思っています。なぜなら、参政党が大きく議席を増やし、他方で、日本共産党が得票数も得票率も議席も大きく減らしているからです。自公が少数になったとしても、参政党のような政党が増えることは、今後の日本社会にとって、むしろ危険だと思えてならないのです。加えて、共産党のような、現在の政治状況にきちんと向き合い、科学的な分析と説得的な政策を提示する政党が衰退するということは、二重の意味で危険な兆候だと思うからです。
 そこで、参政党の危険性はどこにあるのかについて考えてみることにします。ただし、自民党衰退の原因を作った旧安倍派の諸君が石破首相に退陣を迫ったり、高市早苗氏のような極右よりましだということで「石破辞めるな」のデモも行われていますが、ここではそのことには触れません。また、一人区での共闘が功を奏していることにも触れません。
 そして、共産党がなぜ減少したのかについても触れないことにします。私は、伊藤岳さんの当選と共産党の躍進を願って行動したけれど、共産党全体の選挙方針について知りうる立場にないからです。共産党は、党内外の意見を踏まえて、その原因を探求するとしているので、その結果に期待することにしています。
 まず、参政党の基本的スタンスを確認しましょう。

参政党の主張
 参政党は次のようなことを言っています。

 今のままの政治では日本が日本ではなくなってしまう。参政党はそんな危機感から有志が集まり、ゼロからつくった国政政党です。私たちには特定の支援団体も資金源もありません。同じ想いを持った普通の国民が集まり、「子供や孫の世代によい日本を残したい」
という想いひとつで活動を続けています。


 ここでは、ある種の危機意識が述べられています。そして、普通の国民が、より良い日本を残したいという想いで活動しているとされています。「次は俺たちの番だ―これ以上日本を壊すな」ということです。けれども、関心は日本のことだけです。「日本人ファースト」が大前提なのです。
 参政党の重大三大政策は次のとおりです。

① 笑顔の子どもたち 教育・人づくり 学力(テストの点数)より 学習力(自ら考え自ら学ぶ力)の高い日本人の育成
② 生い茂る木々 食と健康・ 環境保全 化学的な物質に依存しない食と医療の実現と、それを支える循環型の環境の追求 
③ 笑顔の日本地図 国のまもり 日本の舵取りに外国勢力が関与できない体制づくり

 
 何気なく見ていると、そうだよねと思われるかもしれません。けれども、「日本人の育成」であり、「化学物質に依存しない」であり、「国を守る体制」が強調されているのです。このように、参政党の三大政策には、排外主義や科学軽視や自前の軍事力依存などが埋め込まれているのです。

 次に、参政党の核兵器観と憲法観を検討します。私は、その人や組織の正体を見破る物差しとして、その核兵器観と憲法観を物差しにしています。核兵器に依存しようとしているのかそれとも廃絶しようとしているのか、憲法の諸価値をどのように評価しているのかを物差しにすれば、その人や組織の知性と理性の程度が見えてくるからです。まず、核兵器観です。

参政党の核兵器観
 参政党の神谷宗幣(かみや そうへい)氏は、2022年当時、ただ一人の核兵器保有賛成の議員でした。今回、東京選挙区から当選した塩入清香 (しおいり さやか)氏は「核武装が最も安上がりで、最も安全を強化する策の一つ」と発言しました。参政党の国会議員のうち6人は「日本は核兵器を保有すべきだ」としているそうです(『毎日新聞』8月1日付)。こうしてみると、参政党の諸君は核兵器を廃絶するなどとは全く考えておらず、日本も核武装すべきだとしているようです。
 私は、そもそも「核と人類は共存できない」と考えています。被爆者のたたかいや「原爆裁判」などから核兵器が「死神であり、世界の破壊者」であることを知っているからです。だから、核兵器が必要だとか役に立つなどと言い立てる連中は人間として許せないし「死神のパシリ」とみなしています。
 それに加えて、日本は核兵器不拡散条約(NPT)の加盟国です。日本は非核兵器国として核兵器を保有しないという条約上の義務を負っているのです。そして、憲法は、日本国が締結した条約は誠実に順守するとしていますし(98条)、国会議員は憲法を尊重し擁護する義務を負っているのです(99条)。国会議員は「核兵器保有」を言ってはならない立場にあるのです。だから、日本が核武装すべきだとする議員は、NPTや憲法を知らないか、無視しているのです。愚かでなければ無責任な諸君ということになります。いずれにしても、国会議員の資格はないのです。参政党はそのような諸君の群れなのです。

参政党の新日本憲法 
 参政党のHPには、「新日本憲法」の構想案が掲載されています。それは、現行憲法の一部を改正する「改憲」ではなく、国民自身が主体となって憲法を一から創り直す「創憲」だとされています。
 確かに、この構想案は憲法を一から創り直しています。天皇は悠久であり、国民もまた天皇を敬慕するとされ、国民主権などは消えています。主権は国にあるとされ、君が代や日章旗が憲法上の存在になります。国民は子孫のために国を守る義務を負います。もちろん、自衛軍は設置されます。夫婦同姓が義務付けられ、帰化人は差別され、基本的人権などは見る影もない扱いを受けています。
 要するに、日本国憲法の国民主権、基本的人権の擁護、非軍事平和主義などは完全に否定されているのです。彼らは、核兵器を容認し、憲法の基本的価値などを完全に無視しているのです。核兵器という究極の暴力を容認し、天皇を賛美し外国人を排斥しているのです。「尊王攘夷」の時代に戻ったかのようです。

まとめ
 にもかかわらず、彼らは躍進しているのです。彼らに投票した人たちがどこまで彼らの正体を知っていたかは分かりません。知っていて投票する人もいたかもしれませんが「厳しい現実」の中で醸成された不安や不満のはけ口として選択したのかもしれません。「甘い言葉」に騙されているのかもしれません。「厳しい現実」に主体的に抵抗することは決して簡単なことではないからです。
 私たちの隣には、不安や不満を覚え、将来に希望が持てないでいる人は大勢いるのではないでしょうか。人は、決して、一人では生きられません。他者との交流は不可欠です。これを「類的存在」という人もいます。そして、人は誰でも自分を大事にしたいし、誰かに認めてもらいたいものです。自己礼賛や承認欲求は人間の性です。だから、「同じ想いを持った普通の国民が集まり、子供や孫の世代によい日本を残したい」などというショート動画がスマホの画面に流れると「参政党いいね」になるのでしょう。
 参政党のような政党が存在しうる素地はあるのです。けれども、その正体は時代遅れの「悪魔の兵器」を容認する排外主義者なのです。私たちはその正体を暴かなければなりません。彼らを跳梁跋扈させてはなりません。けれども、それだけでは足りないのです。私たちは、隣人の不安や不満を共有し、その原因がどこにあるのかを解明し、未来社会を展望する運動を創らなければならないのです。そして、その運動を支える政党を大きくすることも求められているのです。(2025年8月2日記)




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