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「核兵器廃絶」と憲法9条



2025.9.2

反核医師の会のつどいに参加して

はじめに
 8月30日と31日、核戦争に反対する医師の会(反核医師の会)のつどい(第35回)が開催された。テーマは「被爆80年 反核平和運動・被爆者支援・被爆医療の歴史を学び継承しよう!」である。私は、30日に、学習講演の講師として参加した。私のテーマは「『原爆裁判』を現代に活かす」で、「核兵器も戦争もない世界を創ろう」とする呼びかけを行った。
 30日には、「被爆80年 反核平和運動・被爆者支援・被爆医療の歴史を学び継承しよう!」をテーマとするシンボも行われた。被団協の田中熙巳さん、被爆医療に詳しい斎藤紀さん、若い医師である河野絵理子さん、医学生の松久凌太さんがパネリストで、反核医師の会の向山新代表世話人がコーディネーターを務めていた。田中さんと斎藤さんの話を聞いて、若い二人が感想を述べたり質問するという形で進行していた。若い二人は自身の祖父の世代の田中さんや斎藤さんが永年被爆者運動にかかわり続ける源に興味が向いているようだった。私からすると、孫の世代の二人が核問題に興味を持つこと自体がうれしいことだった。二人は、核兵器が実際に使われる危険が迫っていることや大日本帝国の加害の歴史を知ったことによって、核と戦争の問題に関心を持つようになったとのことだった。

原爆症認定裁判のこと
 私の印象に残ったのは、斎藤さんの「原爆症認定裁判」に関わる報告だった。斎藤さんは、被爆者が政府を被告として集団提訴した「原爆症認定裁判」において、政府との医学論争の最前線に立っていた一人である。
 この訴訟について少し解説しておく。
 ここの裁判は、原告の罹患している疾病の原爆放射線起因性が争われた事案である。被爆者307人が原告となり、2003年に全国15地裁に係属した。判決の多くが原告勝訴となり、国の認定基準の妥当性が問われた。2009年8月6日、被爆者と政府(麻生太郎首相)との間に「確認書」が取り交わされた。その主な内容は、ⅰ)一審で勝訴した原告を原爆症と認定。ⅱ)原告の救済のための基金を設立。ⅲ)厚生労働省と原告団が定期協議の場を設ける。ⅳ)今後、訴訟に頼らず認定制度を改善していく。この合意により、原爆症認定制度の見直しが進み、認定率がわずかに改善されたけれど、依然として認定されない被爆者も多く、課題は残されている。「黒い雨訴訟」や「被爆体験者訴訟」などである。

「原爆裁判」と「原爆症認定裁判」
 ところで、斎藤さんの報告ではこの裁判も「原爆裁判」とされていた。確かに「原爆投下に起因する裁判」ということでは共通性もある。けれども、米国の原爆投下を国際法に違反するとして提訴した「原爆裁判」とこれらの裁判は争われているポイントは異なるので、「原爆裁判」という用語で一括することは避けておいた方がいいと思う。
 それはそうであるとしても、「原爆症認認定裁判」において、被爆者・弁護士・医師、自然科学者が協力して、勝訴判決を積み上げ、政府を交渉の場に立たせるという大きな成果を勝ち得たことは特筆に値するであろう。「受忍論」にしがみつく政府の態度を変えさせることは容易ではないからである。斎藤報告は「原爆症認定裁判」の意義を再確認する機会であった。

若い二人からの質問
 私は懇親会にも参加した。その場で河野さんと松久さんから質問を受けた。河野さんからの質問は、私が「原爆裁判」判決を書いた裁判官たちは勇気があると言っていたけれど、今の裁判所には期待できないとも言っていた。なぜ期待できないのか、ということだった。私は「裁判官の劣化だと思う」と答えた。例えば、原発関連裁判で国の責任を認めようとしない裁判官たちがいるからだ。「政治の貧困」に抵抗する裁判官が少ないのだ。
 そして、「百歩前を行けば狂人。五十歩前だと犠牲者。一歩前を行けば成功者。一緒に行くのはただの人。一歩下がれば落ちこぼれ、と言われるけれど、あなたは何歩前を行くつもりなのか。」と彼女に訊いた。彼女はためらうことなく「百歩」と答えた。私はその言葉の中に、彼女の揺るがぬ決意を見ていた。あわせて、幣原喜重郎とマッカーサーとが、1946年1月、非軍事の日本国憲法を想定した際に「私たちは百年後には予言者と言われるでしょう。」と語り合ったというエピソードを思い出していた。百年単位で物事を考えることは大切なことなのだ。

松久さんの質問
 松久さんは医学部5年生だ。再来年、国家試験だと言っていた。反核医師の会には「学生部」があり30人くらいが結集しているという。彼はその中の一人なのだ。彼の質問は中国や北朝鮮が攻めてくるかもしれないので「核の傘」は必要だという人と、どのように会話したらいいのだろうということだった。医学生の中にもそういう人がいるという。政府や与党だけではなく、マスコミや一部の野党も言っていることなのだから、別に不思議なことではない。
 私はこんな風に応えておいた。まず、頭から否定しないで、丁寧に話を聞いてみよう。医者は、患者が何を訴えたいのか、何が不安なのかを聞くことから始めるでしょう。その人の主訴を聞かないことには手の打ちようがないでしょう。そして、なぜ、そういう風に考えるのかを聞いてみましょう。患者の病歴や家庭環境を知ることは基本でしょう。そのうえで、不安を解消するための方策を一緒に考えるということではないでしょうか。
 その場の思い付きで答えたことではあるけれど、本当にそう思っているのだ。弁護士稼業も似たようなことをしているからだ。私たちの仕事も、まず、本人の主張を聞くことから始まるのだ。

三大プロフェッション
 世に、三大プロフェッションといわれる仕事がある。聖職者、医者、弁護士だ。いずれも、人の死亡、病気やけが、もめ事を生業とする商売だ。そんなことは本来無償で行われるべきであろうけれど、そうはなっていない。だったら、遺族や患者や依頼者の話を丁寧に聞くことは最低限の義務だろうと思う。自分の結論を押し付ける前に、その言い分を聞き取ることが必要であろうと思うのだ。異なる意見の持ち主を頭から否定しても何も始まらない。聞いたからと言って、すべてがうまくいくわけではないけれど、聞かなければ違いが残るだけだ。
 医学部5年生だという彼が、どんな医師になっていくは判らないけれど「核兵器も戦争もない世界を創りたい」という気持ちをもって患者や社会とかかわることになれば、きっと、いいドクターになるだろうと思う。
 医者は病気を治すだけではなく、社会を変えていくことも仕事なのだ。弁護士も事件を処理すればいいということではなく、基本的人権の擁護と社会正義の実現も任務なのだ。
 夢を持つ若い諸君と過ごした楽しい時間だった。(2025年9月1日記)




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