2025.10.6
はじめに
9月27日、シンポジュウム「世界終末時計、あと89秒。私たちは止めることができるか」にパネリストとして参加した。主催はNGO IALRW JAPANだ。IALRWの正式名称はInternational Association of Liberal Religious Womenで、1910年にベルリンで設立され、以来、世界中のリベラルな宗教家の女性たちを結びつけてきた組織だそうだ。その日本委員長の松井ケティさんに誘われたのだ。彼女とは1999年の「ハーグ平和市民会議」以来の友人であれこれの交流がある。私が彼女に日本反核法律家協会の声明の英訳をお願いしたり、私が彼女の依頼で米国のロータリークラブの人に話をしたりしている。私も人類の自滅を避けるために「核兵器も戦争もない世界」を創りたいと思っているので、喜んで参加させてもらった。
シンポのテーマは「世界終末時計、あと89秒。私たちは止めることができるか」とされているけれど、これは本当に深刻な事態なのだ。この警告をしているのは、核兵器の威力を最もよく知っている米国の科学者たちだ。決してフェイクニュースを流すようないかがわしい人たちではない。その彼らが、1947年以降、世界の終わりに最も近づいていると警告しているのだから、しっかりと耳を傾けなければいけないであろう。
今、国連で語られていること
そのことで、共有しておきたいことがある。それは、9月26日に開催された「核兵器全面廃絶国際デー」の会合で、国連のグテーレス事務総長が「世界は無自覚なままに、より複雑かつ予測不可能で、より危険な核軍拡競争に陥っている。」と警鐘を鳴らしていることと田中聰司日本被団協代表理事が「核を持つ国の戦争を止められず、第3次世界大戦の感があります。核兵器が使われるリスクは極限に達しました。核兵器禁止条約ができたものの、核軍拡競争は止まりません。人類は全滅の瀬戸際です。被爆者が10年経ったらいなくなると、若者たちからしばしば心配されます。その度に私は答えます。『被爆者の余命を心配する前に、自分たちの命の方が短いことを心配しよう』と。人類最後の日までの時間を示す終末時計は89秒しかなくなったのです。」と「被爆者からのメッセージ」を述べていることだ(『赤旗』9月28日付)。グテーレス氏は世界の情勢をもっとも良く知る立場にあるし、日本被団協は核のタブーを形成し「核兵器も戦争もない世界」を創ることを提案している人たちだ。このシンボは、今、国連で語られていることと共鳴しているのである。
シンポの内容
パネリストは私とICANの川崎哲さん、ヒロシマ宗教平和センター理事長で被爆2世の上田知子さん。松井さんがモデレーターを務めた。核戦争や気候変動などによる人類絶滅の危機まであと89秒と言われているけれど、それを止めることができるのか、パネリストの話を聞くだけではなく、自分に何ができるのかを考えようということもテーマとされていた。講師の話を聞くだけではなく、自分事として考えようというのだ。大切な視点だと思う。
私は「原爆裁判」を題材に、原爆投下の国際法違反、被爆者支援についての「政治の貧困」、戦争のない世界は「全人類の希望」でありそれは9条が想定しているという話をさせてもらった。結論は「核兵器も戦争もなくすことはできる。それは人間が作ったものであり、人間の営みだからだ。」である。
川崎さんは「核兵器全面廃絶国際デー」を期して、核兵器禁止条約の署名・批准・加盟国が99か国になり。条約加盟資格のある197か国の半数を超えたことを報告していた。最新のニュースだ。中央アジアのキルギスが署名して署名国が95、西アフリカのガーナが批准したので批准国は74、加盟した国が4カ国あるので、条約に参加している国家は99になったのである。
上田さんは広島平和文化センター被爆体験伝承者としての活動などを生き生きと報告していた。こういう機会は初めてなのでなどと言っていたけれど、やはり、被爆者と直接かかわる運動をしている方の報告は心に響く。
このシンポでは、話を聞くだけではなく、参加者(約70名)同士がグループに分かれて自分たちに何ができるのか話し合うということも行われた。私が参加したグループでは「弁護士さんの話は難しかったけど、自分も何かしなければならないことはわかった。何から始めればいいのか。」という話が出ていた。私は、川崎さんが「核兵器廃絶日本キャンペーン」のチラシを持ち込んでいたので「まず、このキャンペーンに参加することはどうでしょうか。」と勧めておいた。参加者の主体性を尊重するイベントはこういう形で実を結ぶのであろう。
三つのエピソード
シンポ終了後、『朝日新聞』がエマニエル・トッドを日本に呼ぶようだけれど心配だという研究者と話をする機会があった。彼女は、核保有を言い立てる政治勢力が国会で議席を占めるような状況の中で、日本に核武装を勧めるトッドを呼ぶことを憂慮していたのだ。私は『朝日』のその企画は知らなかったけれど彼女の憂慮には共感した。そして、うれしかった。私は核武装を口にする人間を「死神のパシリ」とみなしているからだ。私は拙著『「核兵器廃絶」と憲法9条』(日本評論社、2023年)でトッドの『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書、2022年)を取り上げて、トッドの「日本への核武装のお勧め」を拒否しておいた。その結びは「私は、ある人の知性の有無やその程度については、その人物の核兵器についての認識で計測することにしている。私は、彼を「現代最高の知性」などと持ち上げることに同意できない。」である。私は、当日持ち込んでいた同書を彼女に購入してもらった。
もう一つ紹介しておきたいのは、シンポの全体の進行役をしていた博士課程に学ぶ女性からこんなメールをもらったことだ。「大久保様の講演を通じて、核兵器廃絶に至らない日本が抱える矛盾がはっきりと示され、法律に関して全くの無知である私でさえも、心にスッと入ってくる内容ばかりで、大変貴重な学びとなりました。…本日得た学びを今後の研究に活かしていく所存でございます」。こういうメールは本当にうれしいものだ。自分が話したことがきちんと伝わっていることを確認できるからだ。
三つめは、松井さんの学生二人と栗の入ったモンブランを食べながらおしゃべりをしたことだ。私は彼女たちの祖父母と同世代である。二人とも真剣に考えていた。勉強が好きとも言っていた。学生時代の問題意識や勉強を活かす場所がないということも話題になった。核兵器や戦争をなくすなどという問題意識を持っていても、会社勤めをしてしまうと、どうにも活かす方法はないのだ。私の近くには、その問題意識を持ちながら、起業する若者もいるけれど、それを多くの人に求めることはできないであろう。何ともじれったい課題である。
今回のシンポに参加して、核兵器も戦争もない世界を創る営みは、色々な形があるのだと改めて感じた。誘ってくれた松井さんとシンポを運営していただいた皆さんに心から感謝したい。(2025年9月29日記)
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