2026.1.6
トランプは「悪質な犯罪者」だ
トランプ米国大統領が、ベネズエラに武力の行使をして、マドゥロ大統領夫妻を拉致した。これは、ベネズエラの主権を侵害する行為であり、大統領夫妻の人身の自由を侵害する行為だ。武力で外国の主権を侵害する行為は国際法上の「侵略罪」だ。人身の自由を侵害することは、どの国でも「誘拐罪」である。米国の行為は国家犯罪だし、トランプは犯罪者だ。トランプは、マドゥロが米国への麻薬輸出の親玉だということを理由にしているが、そんな証拠は示されていない。仮にそのとおりだとしても、武力で他国の大統領夫妻をさらうなどという行為は非合法だ。マドゥロは正当な大統領でないというのは言いがかりでしかない。アメリカにマドゥロ大統領に対する裁判権などない。トランプの行為を正当化する理由はない。むしろ、大統領夫妻をターゲットにしていることでは、プーチン・ロシア大統領よりも悪質だ。にもかかわらず、トランプは「作戦は大成功だ」と叫んでいる。そこには、自由、民主主義、「法の支配」などのかけらもない。トランプはそんなことに関心はないのだ。トランプは自らの犯罪行為を自覚しない「悪質な犯罪者」なのだ。
トランプの動機
トランプがなぜそのような犯罪に走ったのか。その動機はいくつか指摘できる。まず、マドゥロがトランプになびいていないことだ。トランプはそれが気に食わないのだ。「尾を振る犬はかわいい」けれど、そうしない者は蹴飛ばしたいのだ。カリブ海の覇権は俺が握るという支配欲だ。次に、ベネズエラの石油の埋蔵量だ。米国はその石油の利権を持っていたけれど、それが奪われたので、取り返したいということだ。石油という資源を米国のものにしようという欲望だ。わかり易い金銭欲だ。更に、正しいことは武力で実現するという発想だ。自分が欲しいものを手に入れることは正しいことであり、そのためにはいかなる力を使ってもいいのだという身勝手な論理だ。ここには、善悪の判断を自分でするということと、むき出しの暴力の使用を躊躇わないという「米国流の伝統」がある。要するに、トランプは、支配欲と金銭欲と身勝手な論理で、歴史上時々現れる暴君のように振る舞っているのだ。新たな帝国主義であり植民地支配だ。これ以上のさばらせることは国際社会にとって大いに危険だ。何としても止めなければならない。
日本政府の態度
ところで、日本政府は、そのような価値観と論理で行動するトランプを非難していないし、やめろとも言っていない。自由、民主主義、「法の支配」を根底から覆す「力による現状変更」を目の前にして、それをとがめていないのだ。中国の行動やロシアのウクライナ侵略や北朝鮮の拉致には厳しく対応していることと比べれば、明らかな「ダブルスタンダード」だ。日本政府がいう自由、民主主義、「法の支配」という「普遍的価値観の共有」などというのは、その程度のものなのだろう。アメリカのやることには注文を付けないどころか、ご機嫌取りはやるのだ。本当に、自由や民主主義や「法の支配」を「普遍的価値」といい「力による現状変更はダメ」というのなら、トランプの行動を戒めるべきであろう。このダブルスタンダードは日本の命取りになってしまう。高市早苗首相は、トランプに「いつでも電話してきてほしい」といわれているようだから、「大統領。それはおやめください!」と電話したらどうだろうか。トランプがどうするかは知らないけれど、高市首相がそれをしたら、私は「アッパレ」をあげる。
まとめ
日本政府がこのような情けない態度をとっているのは、アメリカに「自発的隷従」をしているからだ。日本が独立を回復したとき、日本は「アメリカの核とドルの傘」を選択した。その吉田茂首相の選択の結果、現在の日本がある。今、その選択の適否を語っても意味はない。過去はやり直せないからだ。けれども、未来は違う。アメリカの価値観と論理だけに従うことの適否を考えることは可能なのだ。未来は不確かではあるけれど、トランプの野蛮な行動を非難し拒否することは可能なのだ。1951年の「吉田の選択」は、一つの選択であるとしも、その選択を継続しなければならない理由はない。アメリカに付き従うことに疑問を持ち、「自発的隷従」から抜け出て、「アメリカ・ファースト」ではないこの国を創っていきたい。(2026年1月6日記)
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