2026.4.6
はじめに
先日、核兵器廃絶NGO連絡会で、国家情報会議設置法のことが話題になった。この連絡会は、2010年に発足した、核兵器の廃絶を目指して、被団協、原水協、原水禁、創価学会,YWCA、ピースボート、ピースデポ、パルシステム、反核医師の会、反核法律家協会などの団体や個人で構成されている超党派・超宗派の市民組織だ。私は共同代表の一人になっている。月に一度の会議を開いて意見交換をしているけれど、先日の会議で、この法律は何が問題なのかという疑問が出された。核兵器をなくしたいと頑張っている市民の中にも不安が広がっているのだ。現在、国家情報会議設置法案が国会で審議されている。今国会で成立し、早ければ今年7月にも施行されることになりそうである。
本稿はその疑問に答える小論である。
国家情報会議設置法の内容
少しややこしいけれど、ちょっとだけ付き合ってほしい。この法案は、重要情報活動の推進及び外国情報活動への対処に際し配慮すべき内外の情勢についての基本的な認識及び評価などを目的として、内閣官房長官及び関係行政機関の長は、会議に対し、会議の調査審議に資する資料又は情報を適時に提供するとともに、議長の求めに応じて、資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力を行わなければならない、としている。会議の議長は首相で、事務局として国家情報局が設置されることになる。
「諜報活動」と「防諜活動」
法律用語を普通の言葉に置き換えてみる。
まず、国家情報会議の目的は「重要情報活動の推進」と「外国情報活動への対処」である。重要情報活動とは、安全保障、テロ防止、緊急事態対応、その他重要な国政運営に資する情報収集や調査を意味している。「重要な」という用語は飾り言葉だから国政に関するすべての情報ということになる。
国家の情報は国が持っているわけだから収集や調査の対象にはならない。だから、対象となる情報は国民の個人情報ということになる。
個人情報を収集し、個人の特性を調査することを「諜報活動」という。要するに国民監視のことである。その活動を推進することが目的の一つなのである。
現在、「諜報活動」は、内閣情報調査室(内調)、公安調査庁(法務省の外局)、外務省国際情報統括官組織、防衛省情報本部、警察庁警備局(公安警察・外事警察)などで行われているけれど、これらを統括する権限は内調にもない。それを首相が議長を務める国家情報会議でやろうというのである。これが「議長の求めに応じて、資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力を行わなければならない」という意味である。各諜報機関の長は議長である首相に協力する義務が課されるのである。
あわせて、外国が行う秘密情報収集や不正活動(外国情報活動・スパイ活動)への対処も行われることになる。これが「外国情報活動への対処に際し配慮すべき内外の情勢についての基本的な認識及び評価」ということである。これは「防諜活動」といわれる個人と外国人との関係の規制強化だ。「敵性外国人」との交流が監視されることになる。
要するに、政府は「諜報活動」の推進と「防諜活動」の規制を強化するための国家機関を創設しようとしているのである。言い換えると、現在、各省庁がばらばらにやっている国民監視活動を強化し、あわせて、外国人との協力活動を規制しようというのである。
国家情報会議設置法の効用と限界
けれども、この法律は、そのような国家機関をつくろうというものであって、どのような行為をどのように処罰するかなどは書かれていない。
だから、別に「スパイ防止法」などが必要とされることになる。ただし、「スパイ防止法」がないとしても、特定秘密保護法、経済安全保障推進法、重要経済安保情報保護・活用法などの法律は既にあるので、秘密漏洩罪のある公務員ではない国民の情報収集や調査は可能であり、現に行われているので、国家情報会議の仕事は十分にあるだろう。そのことも忘れてはならない。
「スパイ防止法」が必要とされる理由
では、「スパイ防止法」はなぜ必要とされているのだろうか。
その理由は「日本はこれまで“スパイ天国”と言われてきた。これを変える必要がある」、「インテリジェンス体制を抜本的に強化しなければならない」ということである。「スパイ天国」であることの証拠は示されていないけれど、自民党と維新の会の合意には「インテリジェンス・スパイ防止関連法制の策定・成立」が含まれている。そして、「スパイ防止法」制定には、国民民主党や参政党も積極的であることも指摘しておく。
ところで、インテリジェンスと諜報の関係について、政府は「インテリジェンスとは、一般に、知能、理知、英知、知性、理解力、情報、知的に加工・集約された情報等を意味するものと承知している。諜報とは、一般に、秘匿されている情報を入手して知らせること又はその知らせを意味するものと承知している。」としているけれど、私は、いずれも国家秘密の漏洩を防ぐという名目で行われる国民監視体制と理解している。
そして、自民党と維新の会の合意には、「対外情報庁の設置」、「国家情報局の創設」も含まれている。「国家情報局」の役割は先に説明した「国家情報会議」の事務局組織である。
「対外情報庁」は日本が外国で行う諜報活動を担う組織である。もちろん、スパイの養成も計画されている。国家情報会議設置法はこの「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」の一部をなす法律なのである。
「スパイ防止法」の問題点
政府は、「スパイ防止法」は国民を監視するものではないとか、プライバシー侵害はないなどとしているけれど、それは嘘である。
それは、かつて「国家秘密法」などとして提案された法案を見れば明らかである。国民生活の隅々まで国家の眼が光ることになり、違反者には重罰を課されることになる。
41年前の1985年に自民党が提案した「スパイ防止法」はこんな法律だった。
まず、「国家秘密(防衛秘密)」とは、防衛および外交に関する事項、それに関する文書・図画・物件、防衛上秘匿する必要があり、公になっていないものとされていた。何が秘密なのかなど国民に知る方法はない。知ることができたのだから公になっているはずなのだけれど「それは秘密だった」とされてしまうかもしれないのである。そうすると、何が秘密なのか分からないままに処罰されてしまうことになるのだ。
次に、それを「不当な方法」で漏洩してはならないとされていた。その不当な方法とは法令違反、対価の供与、偽計、秘匿文書の開披などだけではなく「社会通念上認められない方法」とされていたのだ。しかも、未遂、予備、過失による漏洩まで犯罪とされていたのである。これでは、日常生活の隅々まで監視されてしまうし、日常会話まで取り締まりの対象とされることになる。どのような行為が処罰されるのかその限定がなかったのだ。だから、「何気ない家族の会話も要注意」、「秘密保全、まずはあなたの家族から」、「あなたも私も秘の用心、一人ひとりが情報マン」などという標語が作られていたのである。
加えて、外国のために国家秘密を通報した者や、外国のために国家秘密を探知・収集(外国のために行動する者を含む)した者は、死刑または無期懲役、または3年以上の懲役で処罰されるとされていたのである。これは、当時の殺人罪の刑罰と同様の重罰なのであるから、スパイ行為は殺人と同程度の重大犯罪と見做されていたのだ。
当時の「スパイ防止法」は、何が秘密なのかもどのような行為が処罰されるのかも不明なままに、死刑にされてしまうという法律だったのである。
この法律は国民の大反対にあって廃案となり、現在まで、再上程されていない。それが、今年、復活するかもしれないのだ。
かつて、この法案を提出したのは自民党である。今回は、政府提出法案とされるであろう。政府は中国との武力衝突を念頭において「安保三文書」の見直しと合わせて「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」の成立を急いでいるからである。
まとめ
今、政府は、米軍との一体化を含む自衛隊の強化にとどまらず、国を挙げての防衛力の強化を進めている。相手は中国である。すでに、敵基地攻撃可能なミサイルの配備も行われている。日本は「戦争前夜」と言われる状況にある。
戦争になれば、国家総動員体制が必要になる。戦争を予定する国家は、国民を戦争に動員することとあわせて、政府に反対する勢力を排除しなければならないので、その体制を整えているのである。戦争遂行の足を引っ張る勢力は「敵の味方」なので、それを徹底的に排除しなければならないのだ。
だから、「敵の味方」を探し出し処罰するための体制が必要になる。その総本山が国家情報会議であり国家情報局である。すでに、国民監視の法律はたくさんあるけれど、更に包括的な「スパイ防止法」が提起されてくるであろう。国家情報会議設置法はその先駆けである。
反核平和や人権や環境などを理由として政府を批判する者は「スパイ」として処罰される時が近づいている。心してかからなければならない。(2026年4月6日記)
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