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「核兵器廃絶」と憲法9条



2026.6.16

河野洋平氏と高市早苗氏の違い

はじめに
 河野洋平氏の訃報が伝えられた。私には河野氏の政治家としての全面的評価をする能力はない。けれども、彼と高市早苗首相とには大きな違いがあることは承知している。なぜなら、1995年3月16日の衆議院外務委員会での二人の論争を知っているからだ。
 当時、高市氏は野党である新進党所属の代議士、河野氏は自民、社会、さきがけ連立政権の外務大臣だった。1992年から1995年にかけて駐米大使を務めた栗山尚一氏は、1995年3月7日、ワシントンでの記者会見で、戦後50年を前にしたアメリカ側の「日本の歴史認識」への関心に応える形で、「日本国民には戦争への深い反省がある。その反省があるからこそ、平和憲法が強く支持されている。日本は戦争責任を忘れてはならない。歴史を直視することが国際社会の信頼につながる。」という趣旨の発言をした。

 そのことについての質疑が外務委員会で行われたのである。

高市委員 3月7日にワシントンDCで栗山駐米大使が記者会見して、国会の謝罪決議に関連して話された記事を新聞で読んだのです。栗山大使は「日本がきちんと第二次世界大戦にいたった歴史を見据え、その反省のうえに立って戦後の日本があることを忘れてはならない。若い世代もこれを知っておかねばならない」と強調し、何らかの形で「反省」を明確に打ち出す必要があるとの考えを明らかにした。」と記事に書かれてあるのですけれども、日本国政府としての考え方は栗山大使のおっしゃった方向だと考えてよろしいでしょうか。

河野外務大臣 大使の記者会見を私、詳細承知しておりませんので、今それについてコメントをするだけのものを持っておりません。しかし、大使が記者会見で述べる問題につきましても、すべて国を代表して述べているというふうには私ども思ってはおりません。

高市委員 しかし、先ほど確認させていただきましたとおり、大使というのは国を代表する存在で、それも何かプライベートな会合でお友達に言ったというのじゃなくて、わざわざ記者会見を開いておっしゃったことなんですから、外務大臣として外務省職員の公的な場での発言には責任を持っていただきたいと私は思います。大使が外で記者会見を開いて何を言っても、それは別に国を代表することじゃない、関知しないというお考えになるのでしょうか。

河野外務大臣 会見のすべてをそうだとは思っていないと申し上げております。
(中略)

高市委員 栗山大使の発言、…手元にございますのでもう少し紹介させていただきます。憲法と反省の関係について言っておられることなんですが、「日本国民全体の反省があるから戦後の平和憲法に対する国民の熱心な支持がある。また、新憲法の下で政治的自由、民主主義体制の支持があるのも反省があるからこそ。日本国民は反省をきちんと持ち続けなければならない」と、日本国民全体の反省があると決めつけておられるのですけれども、少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております(強調は大久保)。(中略)
私自身は、このような歴史の問題というのは国民一人一人の思想や価値観にもかかわることですし、国会決議にはなじまないだろうなと思っているわけですが、民主主義という言葉を記者会見で持ち出した栗山大使自身が民主主義を軽んじているんじゃないか、私は彼の発言を新聞記事で読んでそう思ったのですけれども、大臣自身はこの問題についてどうお考えでしょうか、御見解をお聞かせください。

河野外務大臣 私は議員と全く見解を異にいたします。

高市委員 どのように違うんでしょうか。

河野外務大臣 過去の戦争について全く反省もしない、謝罪をする意味がないという議員の御発言には私は見解を異にすると申し上げました。


 河野氏は、高市氏の「戦争責任を認めるな。反省するな。謝罪するな」という立場からの質問に対して「見解を異にする」と断言しているのである。私は、この発言に河野氏の政治家としての矜持を見ている。

「河野談話」
 ところで、河野氏はそれに先立つ1993年8月に、宮澤喜一政権時の官房長官として「従軍慰安婦」に係る談話を発している。次のとおりである。

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。(中略) 慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。(中略) 本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。(中略) われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。(後略)


 ここでは、「お詫びと反省」が表明され、「歴史の教訓とすること」と「同じ過ちを繰り返さない」決意が述べられているのである。これは、当時の政府の態度である。
 高市氏は1993年に国会議員になっている。この政府見解を知らないはずはない。彼女の1995年の質問は、この政府の姿勢を真っ向から否定する信念に基づいてのものである。彼女がその信念を変えたという話はない。現在、彼女は「私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております。」という信念のもとに内閣総理大臣として働いているのである。

「村山談話」
 ところで、1995年8月15日、村山富市内閣は「村山談話」を発出している(河野氏は副総理兼外務大臣)。そこには次のような言葉がある。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。

 敗戦の日から五十周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。

 ここでは「歴史の事実を謙虚に受け止め」、「痛切な反省」と「心からのお詫びの気持ち」が表明されている。あわせて、「国際協調の促進」や「軍縮の積極的推進」が語られているのである。

まとめ
 それから30年余の時が経過している。政府が表明していたこれらの反省や決意はどこに行ってしまったのであろうか。今、この国では、中国、北朝鮮、ロシアとの対立が煽られ、「日米同盟」が基軸とされている。「先軍思想」に基づいて「国家総動員体制」が進行している。「新たな戦前」だと言われている。それを引率しているのは、30年余前の国会で河野氏をして「過去の戦争について全く反省もしない、謝罪をする意味がないという議員の御発言には私は見解を異にする。」と言わしめた高市早苗氏である。

 彼女は、2000年9月28日の衆議院憲法調査会では「『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。』この非常におめでたい一文を、もし、改憲の機会があれば真っ先に変えようと思っている」との見解を表明していた。
 また、「私に国際法はいらない」とうそぶくトランプにしがみつく人であることは何度か目撃しているところである。その彼女がこの国の政治責任者なのである。自衛隊はこの人の指揮の下で動くことになっている。しかも、その支持率は高いとされているのである。このままで、この国は「過ち」を犯すことになるのではないだろうか。

 私はこの国は危険水域に入っているように思う。せめて、河野氏が示したような気概を示す議員が多数になることを期待したい。(2026年6月12日記)




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