2026.7.23
新著の贈呈
新著を何人かの人に贈呈した。その際に、次のような文書を添えておいた。
皆さん。お変わりありませんか。
私は、もう半年もすれば80歳の誕生日を迎えます。日本国憲法の公布1946年11月3日と施行1947年5月3日の間に生まれのです。年相応の健康状態ですが、「核兵器も戦争もない世界」を実現したいと思って老骨に鞭打っています。
被爆医師の肥田舜太郎さんは、私より30歳年上でした。私の父と同じ年でした。先生は「百歳は通過点」と言っていました。本当に百歳までお元気でした。私もそれにあやかりたいとは思っていますが、どうなることやらわかりません。けれども、15歳も先輩の田中煕巳さんの活動を見ていると日和っているわけにもいかないと思うのです。
世界は核兵器がなくならないどころか、あちこちで戦闘が行われ、多くの命が奪われ、人間が作った物も作れない物も破壊されています。この国でも「戦争の準備」が進められています。戦争は宿命であり、核兵器はなくせないと思われているかのようです。けれども、核兵器は人間の作ったものですし、戦争は人間の営みです。私たちの意思でなくすことはできます。そのための努力が求められています。
というわけで、新著を出しました。私が献本させていただいているのは「核兵器も戦争もない世界」を求める同志の方たちです。どうか私の思いを受け止めてください。そして、ご一読ください。「地球の生き残り」のために。
小溝泰義さんからの感想
すでに、何人の方から礼状を兼ねて感想が寄せられている。その中から、元外交官の小溝泰義さんからの感想をご本人の許可があるので共有する。
大久保様の最新刊「「核兵器も戦争もない世界」は可能だ」を確かに拝受しました。
「核兵器も戦争もない世界」を求める同志に献本くださったとのこと、ご厚情に深く感謝申し上げます。
対立と破壊が激化しつつある世界の中で、「核兵器は人間の作ったものですし、戦争は人間の営みです。私たちの意思でなくすことはできます。そのための努力が求められています。」との尊いお考えに立って、高校生を含む若者にも向けられた平易な言葉を心掛けて綴られた文章に感銘を受けました。一気に通読させて頂き、また、さらに熟読させていただきます。
核抑止の問題点など基本をしっかり抑えた上で、高市やトランプの問題、自衛隊による子ども向けPRなどの現在の問題などにも果敢に、かつ、法律家としての矜持を持って健筆を振るわれる迫力に感銘を受けました。
また、憲法前文と第9条についての解説と意義付けにつきましても、幣原喜重郎の証言なども引用し、根拠を明確にしての論陣に喝采を送らせていただきます。「原爆裁判」の重要な意義についても若者に知らせるべく、裁判記録の原本をお持ちの大久保さんが論じてくださったこともありがたいです。
なお、国際賢人会議の提言の中の、核抑止は「安全保障の最終形態ではない」との記述に言及される中で、2018年3月の最初の賢人会議の、核抑止は「長期的かつグローバルな安全保障の基礎としては危険なものであり、したがって、すべての国はより良い長期的な解決策を模索しなければならない」との提言にも言及していただいたことにも感謝します。この提言は、論争を呼ぶものでしたが、私自身、この文言の維持に深く関わり、かつ、核兵器国出身のすべての賢人会議メンバーの賛同も得たコンセンサスでの文言であることに誇りを持っています。
「核兵器も戦争もない世界」のために力を合わせて参りたいと存じます。
小溝さんの略歴(ウィキによる)
1948年(昭和23年)、千葉県松戸市に生まれる。法政大学法学部を卒業後、1970年(昭和45年)に外務省に入省する。国際原子力機関(IAEA)事務局長特別補佐官、条約局法規課専門官、条約局法規調整官、 総合外交政策局軍縮不拡散・科学部不拡散・科学原子力課国際原子力協力室長、在ウィーン国際機関日本政府代表部大使、 駐クウェート国特命全権大使を経て、2012年(平成24年)11月に退職する。
2013年4月、広島平和文化センター理事長に就任
2017年7月、「外務省の核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」委員に就任
まとめ
私は小溝さんと数年前から交流があるし、前著についての感想をいただいたこともある。特に、注目しておきたいことは、外務省の最初の「賢人会議」のメンバーだったということである。だから、私が、拙著で「国際賢人会議」について書いていることに関心が向いたのであろう。小溝さんは、私が「賢人会議」が核抑止論に注文を出していることに注目し、更に2018年の最初の「賢人会議」にまで遡って言及していることに触れているのである。そして、小溝さんは、その会議での自分のこだわりが、拙著に活かされていることに感謝しているのである。
もちろん、私はそのような事情を知る立場にはない。けれども、当時の小溝さんのこだわりは、その後の「賢人会議」に継承され、核抑止論を礼賛するのではなく「安全保障の最終形態ではない」としたのである。私は、小溝さんが自らの営みを誇りに思うことに共感する。それはまた、拙著が小溝さんの営みに光を当てたことを意味しているのである。私はそのことを誇りに思う。そして、小溝さんの「『核兵器も戦争もない世界』のために力を合わせて参りたいと存じます。」という言葉を噛み締めることにする。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」ということは、決して「夢物語」でも「お花畑」でもないと思うからである。(2026年7月16日記)
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