2024.4.17
はじめに
日本戦略研究フォーラムという組織がある。「わが国の安全と繁栄のための国家戦略確立に資する…研究を行うと共に、その研究によって導き出された戦略遂行のため、現行憲法、その他法体系の是正をはじめ、国内体制整備の案件についても提言したい」として、1999年に設立された組織である。現会長は屋山太郎氏。故安倍晋三氏が永久顧問である。主要なテーマとして、日本の防衛力などを強化する政策提言が挙げられている。
そのフォーラムが、政治と国民の意識を啓蒙するために、台湾海峡に関するプロジェクトを立ち上げ、「台湾有事」についてのシミュレーションや兼原信克元国家安全保障局次長、岩田清文元陸将、尾上定正元空将、武居智久元海将の座談会を開催している。
その成果が『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(新潮新書・2022年5月)だという。そのリード文は「ウクライナの次は台湾か。その時日本はどうする?「有事の形」をシミュレーション。」とされている。
この小論は、その本で展開されている論理の紹介とそれに対するコメントである。現行憲法の是正を目的とし、防衛力の強化を提言する組織が、どのような発想で政治と国民を啓蒙しようとしているのか、それを知ることは不可欠の作業だと思うからである。以下、彼らはというのは、この本の執筆者4人の総称として理解していただきたい。
台湾海峡の平和が崩れるとき
彼らは、台湾海峡の平和が損なわれる事態は必ず日本に波及するという。
台湾と与那国島の間は約110キロの近さにある。中国のミサイル約1600発は南西諸島全域を射程に収めている。中国が台湾を隔離しようとすれば尖閣諸島の領域にも中国軍艦艇が遊弋する。東シナ海の様な半閉鎖海で紛争が起きれば、必ず沿岸国を巻き込むことになる、というのがその理由である。
台湾海峡危機は、日本の経済活動に甚大な影響を及ぼす。その影響を最小限に抑えるためには平素からどのような備えが必要になるか、それが問題であるとされている。
その答えは、グレーゾーン(有事とも平時とも言えない状態)から武力衝突の開始までの政策過程を検証する「政策シミュレーション」と「机上演習」であるという。その際に、最も重視したのは、有事法制(2003年)と平和安全法制(2015年)がうまく機能するかどうかどうかであったとされている。
要するに、台湾危機に際してどのような軍事的対応が可能かを検討しているのだ。そこには、その危機を避けるという発想はない。けれども、彼らは、台湾危機を期待しているわけでもない。こういうことも言われているからだ。
台湾危機を起こさせてはならない
彼らは次のように言う。
アメリカは台湾に核の傘を提供していない。軍事的に台湾海峡への対応を真剣に突き詰めている感じもない。「外交的に何とかします」と言われても国民に責任を持つ政治家なら「信用できない」というのが普通だろう。アメリカは強くて遠い。しかも核兵器を持っているから、米中全面戦争は起こりえない。しかし、日本は違う。台湾有事が始まれば、アジア最大の出城である日本は、台湾と同様に蹂躙される危険がある。だから、日本は台湾有事を起こさせてはならない。
台湾有事を起こさせてならないという結論に反対する人はいないだろう。日本人も台湾の人も中国大陸の人も大勢死ぬし、人間が作ったものも作れないものも破壊されるからである。それを避ける根本的な方法は、中台間の紛争を武力で解決しないことであり、そのためには、武力の行使ができないようにすることであり、更には、武力そのものを廃棄することである。
けれども、彼らの発想は逆である。アメリカに中途半端な態度をとるなとけしかけるだけではなく、自分たちの防衛力も極大化しようというのである。彼らの発想に耳を傾けてみよう。
中国は日本を狙っている
彼らは、こんなことを言っている。
中国はミサイルで日本を狙っている。1600発の弾道ミサイルを持ち、500基の発射台付き車両がある。この500基が一度に日本を狙えることになる。この全部を無力化することは不可能だ。しかし、「座して死を待たない」ためには、攻撃対象はミサイルでなくていい。指揮統制中枢でもいいし、司令部でもいい。場合によっては、日本の総理官邸にあたる敵のリーダーシップでもいい。
こうも言う。
中国の第1波というのは、必ずミサイルの一斉発射で来る。それによって航空戦力の発揮基盤を潰されると、航空優勢が取れなくなる。だから、そこをサバイバルしながら、第2波、第3波を防ぐために敵のミサイル基地やなどを無力化しなければならない。
彼らは、中国の武力行使を前提として、ミサイル基地を全部叩くことは不可能だから、敵基地攻撃どころか、習近平を狙える軍事力を持とうと言っているのである。相手が、岸田首相を狙ってくることを想定していないのだろうか。東京や北京に非戦闘員がいないとでも思っているのだろうか。民生用の施設が林立していることを知らないのだろうか。多分そんな頭は働いていないのだろう。
彼らは、台湾危機が発生すれば、在中国、在台湾の邦人をどうするか、先島諸島の住民をどう避難させるかなども考えている。その結論は、在中国在留邦人11万人の救出は絶対に無理だとしている。先島には戦車をおき、毎年演習をやるべきだとも言う。中国で働いている邦人やその家族などは知らん。そんなところにいる方が悪いのだと言わんばかりである。
15年戦争末期の「シベリヤ抑留」、「残留孤児」、「残留婦人」の現代版が起きることになる。そして、先島諸島の住民の生活など、日本を守るためなのだから犠牲になれというのであろう。
彼らは、与那国島に中国の工作員が潜入し、住民投票を行い、日本からの独立宣言をして、琉球王国を復活させるというシミュ―レーションまでしている。だったら、もっと、先島諸島はもとより、沖縄本島の人たちか置かれている状況を丁寧にシミュレーションすべきであろう。
全ては抑止のために
彼らは、「攻撃は最大の防御」とはいうけれど、自分たちが先に手を出したとは言われたくないとも考えている。あくまでも自衛権の行使としなければならないという意識はある。だから、全ての準備は攻撃されないための抑止力とされる。ミサイルの一斉発射に備えなければならないのだから、自衛隊の強化すだけでは済まないことになる。国力を上げての準備が求められるし、法律論などは邪魔者扱いされることになる。だから、こんなことも語られている
量子やサイバー研究の拠点は、横須賀あたりに作って、毎年1兆円くらいの予算を出せ。もちろん、反自衛隊、反日米同盟で軍事研究を許さないと頑張っている日本学術会議の息のかかった施設は除いて。
沖縄の反基地闘争とか、イージス・アショアの失敗とか制度的に地方自治の権限が強すぎる。国の安全保障に関して地方自治体が拒否権を持つことの是非を考えなければならない。
内閣法制局が「憲法違反の疑い」などという曖昧な一言で軍令事項(軍事作戦)に口を出していたが、これは健全な政軍関係から見て異常なことだ。法律論過剰だ。
ここでは、憲法の非軍事条項も、学問の自由も、地方自治も完全に無視されている。全てが、抑止力、防衛力という軍事力に劣後されているのである。日本版「先軍思想」といえよう。
憲法も法律も無視する議論が、国家安全保障局や自衛隊に在籍していた諸君によって、啓蒙家気取りで語られているのである。彼らには、立憲主義とか公務員の憲法尊重義務とか「法の支配」という概念は縁がないのであろう。
米国の核抑止
彼らは、非核兵器による抑止が崩壊した場合には、核による抑止も想定している。戦略核兵器は米国も中国も使用しないだろうと勝手に決めているけれど、戦術核兵器の使用は想定している。核共有は語られてはいないが、核の持ち込みについては検討されている。そして、米国に対しては、先制不使用政策や「唯一目的政策」(核兵器使用は核攻撃に対する反撃に絞る)を採用することは、抑止力の低下につながるので、絶対にやらないようにと注文している。核軍縮や軍備管理は必要だけれど、米国が一方的に変更すべきではないというのだ。岸田首相は核軍縮に強い信念を持っているようだが、台湾有事を念頭に、米国に核抑止の再保証を求めてもらいたいともしている。
米国の核兵器は抑止力として不可欠なのだから、それを弱めるようなことはするなと首相を啓蒙しているのであろう。非核戦力での抑止が機能しなかったら核抑止を機能させようというのである。その核抑止が機能しない場合には、核兵器が使用されることになる。米国が使用すれば、米中間での核の応酬が始まり、米国が使用しなければ、日本だけが中国の核兵器のターゲットとされることになる。広島と長崎が、那覇や佐世保で繰り返されることになる。そのような事態は少し想像力を働かせれば想定できることであろう。
彼らが中国を恐れる理由
彼らは、中国について次のような見解を持っている。
中国の経済力は日本の3倍、防衛費は5倍という規模だ。日本は、日米同盟を基本にしてアメリカとの役割分担を考えつつ、まずどう戦うかを考えなければならない。中国に対抗する防衛力を構築しなければならない。
親中派と言われるシニアの政治家たちは、ロシアが敵だった時の人たちだ。しかも、戦争の贖罪意識があった。70年代、80年代は正しかったもしれないけれど、当時と今とでは日中間の力の差が大きすぎる。今の中国は東の横綱だ。その横綱が、今や、尖閣と台湾を狙っている。経済は半分つながっているのでわざわざ喧嘩する必要はないけれど、外交、安全保障をうまくやらないと中国に屈服させられてしまう。そのくらいの感覚で、日本の対中戦略を完全に繰り替える必要がある。
要するに、中国が大国になり、台湾を併合しようとしているし、尖閣諸島の略奪をもくろんでいるので、それに対抗する防衛力を構築しようというのである。そうしないと屈服させられてしまうというのだ。ここでは、大国化した中国に対する恐怖が表明されている。彼らの「弱肉強食の世界観」が滲み出てきているようである。
また、2018年安倍首相(当時)の李克強中国首相歓迎晩さん会でのスピーチにあった「『戦略的互恵関係』の下、全面的な関係改善を進め、日中関係を新たな段階に押し上げていきたい」などという文言は完全に無視されている。故安倍晋三氏は彼らのフォーラムの永久顧問である。それから4年である。何とも早い変わり身である。安倍さんは草葉の陰でどんな想いでいるのだろうか。「よくやった」と思っているのであろうか。
まとめ
結局、彼らは、大国化した中国の危険性を言い立て、敵意を煽り、対抗する防衛力を構築しようというのである。しかも、その防衛力とは、500発のミサイル同時発射攻撃に対抗でき、北京にいる習近平を狙える程度のものだとしているのだ。のみならず、研究機関も地方自治体も防衛のために動員し、アメリカの核兵器にも依存しようというのである。それが、中国の侵略を抑止する方法だというのである。対中国戦争のための「国家総動員体制」確立の提案である。
彼らは、内閣法制局の戦争を知らないシンプルな頭の持ち主は、軍事のことなどに口出しするなとも言っている。彼自分たちがどのくらい戦争のことを知っているか疑問だし、彼らの方が余程単細胞だと思うけれど、彼らにはそんな自覚はないのであろう。
「専守防衛」のもとで、どのような実力を持てるのか、自衛隊を海外にどのように出すかなどについて「精緻な論理」を組み立ててきたはずの内閣法制局など、完全に虚仮にされているのである。
「専守防衛」は自衛のための実力の保有を認める立場であるが、彼らは、防衛のためという理由で北京へのミサイル攻撃の準備を主張しているのである。「専守防衛」の枠組みを超えていることは明白である。もちろん、「平和を愛する諸国民の公正と信義」などとは対極にある発想である。
既に、自衛隊や日米安保の合憲性について疑義をはさむ研究者などは学術会議から排除されている。今後は、その人たちから影響を受けていると思われる研究機関は、予算配分で冷遇されることになる。
彼らは、この日本を法や知性ではなく、軍事が優先する国家にしようとしているのだ。このような彼らの発想は、決して突出したものではない。つい最近、岸田首相に提出された「有識者会議の報告書」には、ここで紹介した彼らの主張があちこちにちりばめられている。与党合意も同工異曲である。打撃力という戦力の整備が準備されようとしているのである。
日本は、私が自覚しているよりももっと速いスピードで奈落に向かっているようである。何とかしなければならない。
追伸
この小論は、2022年12月7日に書かれている。
その後、12月7日には、「国家防衛戦略」などの「安保三文書」が閣議決定された。そこでは、ここで紹介した発想と提案が採用されている。それから、1年半が過ぎようとしている。
4月12日、「日米同盟は前例のない高みに到達した」とする日米首脳共同声明 「未来のためのグローバル・パートナー」が発出された。既に、「防衛装備品」の輸出や戦闘機の共同生産が堂々と行われるようになった。防衛産業などに従事する人たちの選別と監視が強化されることになる。それが「重要経済安保情報保護法」だ。「地方自治法改正」も予定されている。「有事」に際して、地方自治などは存在しないことになる。沖縄の抵抗を排除するための仕掛けである。
4月16日、今年の「外交青書」がまとまり、そこでは、日中関係について、多くの懸案を抱えているとする一方、双方が共通の利益を拡大していく「戦略的互恵関係」を推進することが5年ぶりに書き込まれた。建設的で安定的な関係の構築に取り組む姿勢も強調されているようである。
けれども、今、政府が進めているのは、本文で紹介してきたとおり、対中国敵視と戦争準備の強化である。「外交青書」に安倍政権時代の「戦略的互恵関係」などという文言を復活させたとしても、中国との関係改善には役に立たないであろう。中国包囲網を強化する米国との一体化を推進しながら語られる「互恵関係」などありえないからである。
武力に依存するのではなく、知恵と対話に基づく「互恵関係」の形成が求められている。
(2024年4月17日記)
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