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「核兵器廃絶」と憲法9条



2024.4.23

寅子、明律大学法学部生になる! 

―1935年という年―

 「虎に翼」の寅子が法学部生になるのは1935年(昭和10年)、寅子21歳の時だ。当時の日本は、大日本帝国憲法(明治憲法)第1条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあるとおり、神聖にして侵すべからざる天皇(現人神・あらひとがみ)が赤子(せきし・赤ん坊)である臣民(国民)を支配する時代だった。臣民に基本的人権などは保障されていなかったし、むしろ「兵役の義務」はあった。貧乏人や女性に選挙権はなかった。その天皇絶対の体制は「国体」とされ、その転覆をはかろうとするものは、治安維持法によって、死刑または無期懲役もしくは5年以上の有期懲役・禁固(最終的には7年以上の懲役)という刑罰が待っていた。

  参考のために例示しておくと、殺人罪の法定刑は、死刑、無期懲役、3年以上の有期懲役(今は5年)。人の居住する家屋への放火(現住建造物放火)は、死刑、無期懲役、5年以上の有期懲役だから、治安維持法の刑罰がいかに重いかがわかるだろう。
 「アカ」(共産主義者・当時は天皇制を否定し、侵略戦争や植民地支配に反対)は放火犯や殺人犯よりも重罪人だったのだ。その理由は、放火犯や殺人犯は政府転覆など計らないけれど、「アカ」は支配者に抗うからだ。「反逆者」に厳しい態度で臨むのは、古今東西を問わず権力者の普通の姿だ。お上に楯突く者は「非国民」とされるのだ。オッペンハイマーも共産主義者との関わりでその地位を追われている。

 更に、記憶しておかなければならないことは、治安維持法違反の被疑者たちの中には、裁判にかけられる前に、特別高等警察(特高)という公安警察による拷問によって命を落とす者たちもいたことだ。例えば、「蟹工船」などの作家小林多喜二が命を奪われるのは1933年(昭和8年)2月20日だ。

 寅子は、妻が「無能力者」とされていることに驚き、疑問を持ち、怒りを覚えるけれど、天皇制政府に抵抗する者は裁判にかけられることもなく殺されてしまう時代であったことを忘れてはならない。無権利状態は女性だけではなかったのだ。

 1931年(昭和6年)に満州事変が起きている。1933年に日本は国際連盟を脱退している。京大教授の滝川幸辰の著書「刑法読本」が共産主義的とされたのもその年だ。東大教授の美濃部達吉の「天皇機関説」が攻撃されたのは1935年だ。当時のこの国には「学問の自由」や「表現の自由」、「思想・良心の自由」などはなかったのだ。国民の批判や抵抗を抑圧しながら、戦争の準備が着々と進められていたことを、現代と重ね合わせて確認しておきたい。

 これらの出来事を「虎に翼」が描くことはないだろうけれど、寅子が生きていた時代背景は知っておいていいだろう。
 三淵嘉子さんが治安維持法の嫌疑をかけられたことはない。だからといって、彼女が時代に挑戦しようとした姿勢が色褪せるわけではない。けれども、大日本帝国を自称したこの国には、彼女よりも徹底した形で時代に挑戦した女性が生きていたことも確認しておく必要があるだろう。

 伊藤千代子という寅子よりも9歳年上の1905年(明治39年)生まれで、1929年(昭和4年)に24歳で死亡している女性がいる。
 2歳で母と死別、亡母の実家に移り養育される。諏訪高等女学校(現・諏訪二葉高校)に進学、同校教諭(のち校長)で歌人の土屋文明の授業を受けた。千代子は彼に大きな影響を受けたとされている。1924年(大正13年)、尚絅女学校(仙台市)を経て、翌年、東京女子大学に編入。同大学社会科学研究会で活躍。
 1927年(昭和2年)、長野県岡谷で起こった製糸業最大の争議を支援。1928年、初の普通選挙をたたかう労働農民党の支援。同年2月、日本共産党に入党。党中央事務局での活動を始めて半月後、3・15事件の弾圧により検挙される(治安維持法違反)。拷問などで転向を強要されるが拒否。翌1929年、拘禁精神病を発症し、急性肺炎により病死。享年24歳。
2022年、井上百合子主演、桂壮三郎監督(所沢市在住)の映画「わが青春つきるとも 伊藤千代子の生涯」が公開されている。私は所沢で「自分には彼女のような生き方は無理だったな」と思いながら鑑賞した。

 伊藤千代子没後6年を経過した1935年、千代子の恩師であった土屋文明は「こころざしつつたふれし少女よ 新しき光の中に置きて思はむ」と詠んでいる。この歌には、土屋文明の千代子に対する愛惜の念が感じられる。

 三淵嘉子さんが伊藤千代子のことや土屋文明の短歌を知っていたかどうかは知らない。けれども、多感な女性であった嘉子さんはそのことを知っていて(3・15事件は報道されている)、その生き方に影響を受けたかもしれない、などと勝手に想像している。

 それから90年近くが経過している。千代子が命をかけた「こころざし」は、日本共産党が継承しているようである。「虎に翼」の中で、寅子の志はどのような展開されるのだろうか。楽しみにしている。(2024年4月21日記)




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