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大久保賢一法律事務所



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2024.5.7

「有害な男らしさ」に基づく抑止力論
 不断の努力とジェンダー平等の実現で克服を

はじめに

 このタイトルは、日本平和委員会[1] の代表理事である岸松江弁護士の「核抑止論を克服するために」と題する講演に際してのものだ(『平和運動』2024年5月号掲載)。核抑止論を不断の努力とジェンダー平等で克服しようという決意がにじみ出ているタイトルといえよう。
 私も「核兵器のない世界」を実現するためには、核抑止論の克服が必要だと考えているので、その問題意識に共感している。加えて、ジェンダー平等という視点は、重要な論点とされているので、大いに興味を覚えている。
 そこで、ここでは、岸さんの講演を紹介しながら、ジェンダーと核兵器について考えてみたい。防衛研究所の核抑止論者たちは、冷戦終結による「核の忘却」の時代から、「新たな核時代」に入ったとして、「核の復権」をまことしやかに言い立て、核抑止論の維持・改善を主張しているので[2] 、そのことも念頭に置きながら論を進めることとする。

核抑止論

 岸さんは、抑止力を次のように要約している。


 抑止力とは、相手より優位に立つ強力な武器を持つことによって相手を威嚇し、攻撃を思いとどまらせようとする威嚇政策です。相手にナイフを突きつけながら仲良くしようというもので、相手を尊重し、相互信頼を前提とする対話と交流による平和外交とは真逆の概念です。
 
 少し付け加えておくと、この「強力な武器」を核兵器に置き換えれば「核抑止論」ということになる。相手国に、自国を攻撃すれば核兵器によって懲罰的な反撃をするぞと威嚇することによって攻撃をためらわせて、自国の平和と安全を確保するという理論である。「平和を望むなら核兵器に依存せよ」という「平和を望むなら戦争に備えよ」というローマ時代の格言の現代版であり、核兵器保有国や日本政府などの核兵器依存国が信奉している原理・原則である。
 日本政府は、中国、北朝鮮、ロシアが、わが国の安全を脅かしているとしているので、抑止の対象国はこれらの三国、とりわけ中国である。そして、これら三国はいずれも核兵器保有国なので、米国の核兵器(核の傘)によって抑止しようというのである。
 唯一の被爆国が唯一の加爆国の核兵器によって、安全保障を確立するという「倒錯の構図」がここにある。核抑止論は、核兵器という「究極の兵器」に自国の運命を委ねようという理論だということを確認しておく。
 抑止論は、岸さんがいうように「対話と交流による平和外交とは真逆の概念」なのだ。


 では、抑止論とジェンダーはどういう関係にあるのか、岸さんの考えを聞いてみよう。

ジェンダーとは

 岸さんはジェンダーについては次のように言う。


 ジェンダーとは、社会的・文化的に作られた性差です。社会が構成員に押し付ける、女性はこうあるべき、男性はこうあるべきだという行動規範や役割分担を指します。男らしさ・女らしさの背景には家父長制度、「家」制度があります。男性は家を発展させ支えるものだという家父長制度の要請のもとに、女らしさ、男らしさが作られてきたのです。
 
 ここでは、「男らしさ」、「女らしさ」が求められた背景が語られている。それは、大日本帝国時代にさかのぼるが、その男性優位の社会は日本国憲法のもとでも続いているという。それは職場における「男らしさを競う文化」だとされている。

「男らしさを競う文化」の背景にある要素

 岸さんは、飯野由里子氏の見解を引用して次のように言う。


そこに共通する要素は、①「弱さを見せるな」。失敗や間違いを認めたら負け。②強さとスタミナ。長時間労働に耐えられること。③仕事第一主義。家庭を顧みないことをよしとする職場文化。④弱肉強食。仕事は協力ではなく競争。同僚は仲間ではなく競争相手、などです。資本主義社会の職場で成果と評価をえるために、こうした「男らしさ」を誇示することが暗黙裡に求められ、また評価されてきました。

「男らしさを競う文化」の弊害

 そして、この「男らしさを競う文化」には弊害があるという。


 相手より優位に立ち、相手を打ち負かそうとする「男らしさを競う文化」は、資本主義社会における競争原理、利潤第一主義に親和性があり、思想的に補強しています。「有害な男らしさ」は、資本主義社会の中で再生産・強化されます。市場の外には家庭や教育現場、自然がありますが、これらは本来利潤第一主義という原理はなじまない。でも、家庭から労働力を市場に提供し、市場で勝ち抜ける子が求められますから、勉強ができ、いい大学に行って、いい企業に入れるような子どもを育てたいという要求になります。とりわけ母親がその責任を負います。
 

 ここでは、職場だけではなく、家庭も「男らしさを競う文化」に取り込まれていることが述べられている。

 その上で、岸さんは、資本主義が発展し独占化し国家と結びつくとき、戦争になるという故畑田重夫さんの理論を援用している。「国家が戦争を遂行するとき、武器産業の買い手は国家である。国家は資本の利潤追求のために戦争を起こすことも厭わない」という理論だ。私は、この理論の説得力は世界の現実によって証明されていると考えているので、岸さんの援用に異議はない。

戦争を正当化するのが「有害な男らしさ」

 岸さんは、戦争を正当化する思想の背景にあるのが「有害な男らしさ」だとしている。「相手をリスペクトするのではなく、勝つか負けるか、弱みを見せたら負けだというものです」というのである。そして、次のように続ける。
 マウントをとるという言い方がありますが、相手より優位に立とうとしたり相手に威圧的な態度で接したりする文化が、知らず知らずのうちに内面化されていくことがあります。それが抑止論を支えているのではないかと思います。

戦争の遂行に利用されるジェンダー

 岸さんは、シンシア・エンロ―を引用して、「男らしさ」の観念による軍事化とは、例えば、男は自分の家族と国を守るために命をかけて戦場に行く。これが男の使命だと考える。戦場に行くことが男の使命だからと内面化することで出兵するわけです。そこに、「男らしさ」、「男の使命」というジェンダーが働いています、としている。 


 その上で、橋下徹の「命をかけて戦っている時に、精神的に高ぶっている集団を休息させようと思ったら、慰安婦制度が必要だということは誰だってわかる」という発言を、戦前の慰安婦制度はまさにこういう発想で作られたと評している。橋下流の愚劣さの指摘である。


 更に、「女らしさ」の観念による軍事化については次のように言う。


 兵士を生み出す軍国の「母」と、夫を送り出して家を守る「妻」が賞賛されます。一方で道徳的純潔と母性的自己犠牲の観念から外れた売春婦や、戦争に反対する女性は凌辱されてもしょうがない、「戦利品」として女性を与えるということが起こりました。

岸さんの結論

 岸さんは、ここまでに述べてきたことに加えて、ジェンダーは戦争の場合だけに問題になるわけではない、日常生活にある性差別・性暴力と戦争は地続きだということとか、「女性の権利」についての国際的潮流の紹介などもしている。いずれも貴重な情報だし、勉強になる。その上で、岸さんの結論は次のとおりである。

 社会の中の差別をなくす運動なしに平和は守れないというのが、今の到達点です。その一つとしてジェンダー平等を実現していかなければ抑止論を克服できず、平和が脅かされていくということではないでしょうか。

私の感想

 岸さんの講演は、ジェンダーと抑止論ということで、核抑止論に焦点を当てているものではない。けれども、核抑止論も抑止の論法である「強力な力で相手を従わせる」ということでは共通している。だから、抑止論一般を問題にすることに意味はある。
 そして、岸さんの議論は、「戦争が日常に入り込むとき、あるいは、日常が『軍事化』されるとき、支配する性―支配される性、という伝統的で父権的なジェンダーが正当化され、そして、強化されていく」という、宮本ゆき氏の議論と共鳴している[3] 。

 けれども、核兵器という「死神・破壊者」が現に存在し、いつ使用されるか分からない状況下においては、核抑止論にもっと焦点を当てて欲しいとも思う。
 核軍拡競争のなかで、巨大な核戦力をうらやましく思うような男性の言葉や感情がみられることを指摘し、それが男性主義に根差すものであるとことを明らかにし、力への依存をジェンダー観点から解明する言説も存在しているからである[4] 。

 冒頭紹介した防衛研究所の諸君は「核の復権」を歓迎しているかのようである。彼らも「巨大な核戦力をうらやましく思うような男性」なのであろう。
 抑止論とは、結局は、力で相手の行動を制約しようとする理論である。人を脅して義務なきことを行わせたり、権利行使を妨害すれば、国内法的には「強要罪」として処罰されることになる。けれども、国際政治においては「皆殺しにするぞ」という脅しが幅を利かしているのである。しかも、その脅しが効いているかどうかは誰も検証できないのである。核抑止論は「最悪の集団的誤謬」とされていたことを想起しておきたい 。

 この核抑止論を克服しない限り、核兵器は存続し続ける。そして、核兵器が存在する限り、それが使用される可能性は残り、いかなる理由であれそれが使用されれば「壊滅的人道上の結末」が人類社会を襲うことになる。

 岸さんはそれを避けるための知恵を提供しているのである。(2024年5月5日記)


[2] 一政祐行(いちまさ・すけゆき)防衛研究所政策研究部サイバー安全保障研究室長編著『核時代の新たな地平』(2024年3月)は、「核の威嚇や核強要が横行する中、抑止力を維持・改善しつつ、意図せざる核戦争勃発を防止するための合理的な軍備管理の手段を講じることが先決だ」として、抑止力の維持・改善を主張している。軍備管理の必要性はいうが、核兵器廃絶という発想はない。意図せざる核戦争の勃発を防ぐには核兵器を廃絶することが唯一の効果的手段であるけれど、彼らはその論理は排除している。

[3] 宮本ゆき著「なぜ、原爆は悪ではないのか」(岩波書店、2020年)

[4] 川田忠明著『市民とジェンダーの核軍縮』(新日本出版社、2020年)は、ヘレン・カルディコットの研究を紹介している。

[5] 1980年国連事務総長報告 服部学監訳『核兵器の包括的研究』(連合出版、1982年)

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2024.5.7

寅子の父直言の受難 ―自白の強要はなぜ禁止されるのか―

 寅子の父の直言(なおこと)が、汚職事件にかかわったとして、逮捕、勾留、予審、公判を体験している。ドラマでは「共亜事件」とされているけれど、「帝人事件」がモデルだといわれている。「帝人事件」というのは、帝国人造絹糸(株)(現、帝人)の株式売買が汚職として追及され,斎藤実内閣の倒壊を招いた事件。被疑者には200日以上の長期拘留、革手錠などの過酷な扱いがなされ、〈司法ファッショ〉の非難を呼んだ。16名が背任罪・贈賄罪などで起訴されたが,1937年12月虚構による起訴として全員無罪の判決が下った。平沼騏一郎を中心とする右翼勢力の倒閣策動に連なって仕組まれた事件(改訂新版「世界大百科事典 」)とされている。

 三淵嘉子さんの父は台湾銀行に勤めていたけれど、「帝人事件」にはかかわっていないので、直言の受難はフィクションである。ドラマでは、寅子やその友だちが取調調書と母の日記の矛盾に気がついて、検察のでっち上げが暴かれるというストーリーになっていて、なかなか面白かった。

 けれども、面白かっただけではすまないことがある。検事が無実の直言を逮捕し、4か月にわたって身柄を拘束し、トラウマになるくらい脅し、関係者のためだなどと噓をついて、直言に自白を強要していたことだ。
 直言は事件に関与していないし、そもそも、その事件は「池の水に映った月」だったのだから、自白しようにも自白の材料などないのだ。にもかかわらず、直言は自白しているのだ。なぜ、やってもいないことを自白するのだろうか。

 18世紀のイタリア人啓蒙思想家ベッカリーアは『犯罪と刑罰』の中で書いている。
「われわれの意思行為は、その行為の原因となっている感覚に及ぼす影響に比例する。しかも人間の感受性には限界がある。だから苦痛の圧力が、被告の魂の根かぎりの力を食いつくしてしまうまで強まったとき、彼はその瞬間もう目の前の苦痛から逃れる最も手っ取り早い方法をとることしか考えなくなる。こうして、責め苦に対する抵抗力の弱い無実の者は、自分は有罪だと自分で叫ぶのだ。」

 直言の行動を観ていると、このベッカリーアの指摘がいかに正しいかが理解できる。直言は、検事の責め苦に負けて、「自分はやっている」と叫んだのである。これは、直言が弱いからではない。普通の人はそういう反応を示すのだ。ベッカリーアのこの文章は「拷問」にかかわることではあるけれど、検事の取調べは「拷問」と同じ効果を直言に与えていたのである。これが、大日本帝国時代の刑事司法の実情である。
 だから、日本国憲法は、拷問を絶対的に禁止しているし(36条)、不利益供述の強制もされないとしている(38条1項)。そして、自白だけで有罪とはされないとことにもなっている(38条3項)。

 けれども、現在の日本においても、長期間の勾留や捜査官による事件の捏造は後を絶っていない。その端的な例が、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業省の許可を得ずに輸出したとして、2020年3月11日に警視庁公安部が横浜市の大川原化工機株式会社の代表取締役らを逮捕したけれど、杜撰な捜査と証拠により冤罪が明るみになった「大河原化工機事件」である。現在も、犯罪の捏造が行われているのだ。

 捜査官憲による長期の身柄拘束は「冤罪」の温床である。ちなみに、「冤」という字は、兔が網にかかっている状態を意味しているそうだ。
その身柄の拘束権限は裁判官にある。大日本帝国憲法時代、「司法権は天皇の名において裁判所が行う」とされていた(57条)。日本国憲法の下では、「司法権は裁判所に属する」とされている(76条1項)。法廷に菊の御紋章はない。
 裁判官は天皇の官吏ではないし「独立してその職権」を行使するとされている(76条3項)。けれども、この国の刑事司法は未だ冤罪を生み出しているし、「人質司法」から解放されていないのである。

 私は、この間の「虎に翼」には、直言の受難を組み込み、無罪判決を5月3日に放映したことからして、日本国憲法や現在の司法の実情にも目を向けて欲しいとのメッセージが込められていたのではないかと受け止めている。
 寅子たちの活躍も楽しいけれど、制作にかかわる人たちも、それぞれの立場で、視聴者に訴えたいテーマを持っているのかもしれない。今後も楽しみにしよう。
(2024年5月6日記)

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2024.4.26

寅子の友だち梅子の事情 ―親権の在り方が問われている―


 4月24日放映された「虎に翼」で、寅子の学友の大庭梅子が弁護士を志望する動機を語るシーンがあった。梅子には弁護士の夫と三人の男の子がいる。夫は、明律大学で穂高教授に代わって民事訴訟法の講義をするような弁護士だ。加えて、長男は帝大生だ。そのまま「良妻賢母」を続けていれば生活には困らない状況にある。けれども、彼女はその夫と離婚し、長男以外の子どもたちの親権を確保したいと考えて、弁護士になろうとしているのだ。
 寅子と同級生だから、女性が弁護士になれない時代に、弁護士の夫との離婚で不利にならないように弁護士を志したというのだ。何ともすごい決断だ。
 彼女は妻としても母としても何も誇れるものはないと自己評価していた。けれども、妾をつくるだけではなく、自分を一人の人間としてみていない夫や、その夫と同様に、母を蔑みの目で見る長男との決別を選択したのだ。
 私はそんな決断を凄すぎると思う。逆に、その夫と帝大生の息子の「達成感」の程度の低さが哀れになる。梅子が弁護士になれることを応援したい。

 それはそれとして、番組の中でも触れられていたけれど、離婚した梅子が子供たちの親権者になれるかどうかは難問であることはそのとおりだ。
 当時の民法は「子はその家にある父の親権に服す」(旧877条)としていた。現在の民法は「成年に達しない子は、父母の親権に服する」(818条)とされているのとは大きく違うのだ。家という観念が介在するのだ。
 「子は父の家に入る」(旧733条)とされていたので、梅子が離婚して家から出てしまえば、家に残る子どもは父の親権に服するのは当然とされる。
 現在は、「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない」(819条)とされていることと比較して欲しい。母には協議の場所すら提供されていないのだ。当時の民法は、母の意思も子の意思もその視野に入れていないことを確認しておきたい。
 万世一系の天皇が支配する大日本帝国時代の立法者たちは、それが「醇風美俗」あり、望ましい法秩序としていたのだ。言い換えれば、女や子供の意思などはどうでもよかったのである。梅子や寅子は、そういう時代に異議を唱えたのだ。
梅子が二人の子供の親権を確保できるかどうか、せめて「監護権」(旧821条)を確保できるかどうか、見守ることにしよう。

 ところで、現在、離婚後の親権の在り方が議論されている。現行法は、婚姻中は父母の「共同親権」だけれど、離婚すれば父または母の「単独親権」ということになっている。夫婦関係を維持できなくなった夫婦が、共同で親権を行使することは無理だろうから、どちらかが単独でという判断である。
 ところが、それを改めて、離婚後の「共同親権」制度を導入しようというのだ。子供の立場からすれば父と母が共同生活を営んで自分たちを養育してくれることが望ましいであろう。そんなことは誰でもわかることだけれど、それができなくなる場合があるのだ。
 にもかかわらず、裁判所が、離婚した男女に「共同で親権を行使しろ」と命ずることができるようになる民法改正なのだ。国家が、離婚した夫婦に、法の名において「共同での子育て」を強要しようとしているのである。
 私は、これはDVや虐待の問題だけではないと考えている。国家が家族観や親子観を個人に押し付けようとしているのだと受け止めている。
 寅子たちが生きている時代は、女は下等なものとする価値観に基づく家族観や親子観が押し付けられ、今は、離婚しても子育ては共同でやれという価値観が押し付けられようとしているのだ。
 私には、大日本帝国時代、女たちを下等とみてその価値観を法制度にまで持ち込んでいた諸君と、離婚後の「共同親権」にこだわる勢力とは、偏狭で陳腐な価値観の持ち主ということと、自らの価値観を他人に押し付けて恥じないということで通底しているように思えてならない。寅子や梅子たちの戦いは、女たちだけの戦いではないようである。国家と個人の在り方にかかわっているからである。(2024年4月24日記)

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2024.4.23

寅子、明律大学法学部生になる! ―1935年という年―

 「虎に翼」の寅子が法学部生になるのは1935年(昭和10年)、寅子21歳の時だ。当時の日本は、大日本帝国憲法(明治憲法)第1条に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とあるとおり、神聖にして侵すべからざる天皇(現人神・あらひとがみ)が赤子(せきし・赤ん坊)である臣民(国民)を支配する時代だった。臣民に基本的人権などは保障されていなかったし、むしろ「兵役の義務」はあった。貧乏人や女性に選挙権はなかった。その天皇絶対の体制は「国体」とされ、その転覆をはかろうとするものは、治安維持法によって、死刑または無期懲役もしくは5年以上の有期懲役・禁固(最終的には7年以上の懲役)という刑罰が待っていた。

  参考のために例示しておくと、殺人罪の法定刑は、死刑、無期懲役、3年以上の有期懲役(今は5年)。人の居住する家屋への放火(現住建造物放火)は、死刑、無期懲役、5年以上の有期懲役だから、治安維持法の刑罰がいかに重いかがわかるだろう。
 「アカ」(共産主義者・当時は天皇制を否定し、侵略戦争や植民地支配に反対)は放火犯や殺人犯よりも重罪人だったのだ。その理由は、放火犯や殺人犯は政府転覆など計らないけれど、「アカ」は支配者に抗うからだ。「反逆者」に厳しい態度で臨むのは、古今東西を問わず権力者の普通の姿だ。お上に楯突く者は「非国民」とされるのだ。オッペンハイマーも共産主義者との関わりでその地位を追われている。

 更に、記憶しておかなければならないことは、治安維持法違反の被疑者たちの中には、裁判にかけられる前に、特別高等警察(特高)という公安警察による拷問によって命を落とす者たちもいたことだ。例えば、「蟹工船」などの作家小林多喜二が命を奪われるのは1933年(昭和8年)2月20日だ。

 寅子は、妻が「無能力者」とされていることに驚き、疑問を持ち、怒りを覚えるけれど、天皇制政府に抵抗する者は裁判にかけられることもなく殺されてしまう時代であったことを忘れてはならない。無権利状態は女性だけではなかったのだ。

 1931年(昭和6年)に満州事変が起きている。1933年に日本は国際連盟を脱退している。京大教授の滝川幸辰の著書「刑法読本」が共産主義的とされたのもその年だ。東大教授の美濃部達吉の「天皇機関説」が攻撃されたのは1935年だ。当時のこの国には「学問の自由」や「表現の自由」、「思想・良心の自由」などはなかったのだ。国民の批判や抵抗を抑圧しながら、戦争の準備が着々と進められていたことを、現代と重ね合わせて確認しておきたい。

 これらの出来事を「虎に翼」が描くことはないだろうけれど、寅子が生きていた時代背景は知っておいていいだろう。
 三淵嘉子さんが治安維持法の嫌疑をかけられたことはない。だからといって、彼女が時代に挑戦しようとした姿勢が色褪せるわけではない。けれども、大日本帝国を自称したこの国には、彼女よりも徹底した形で時代に挑戦した女性が生きていたことも確認しておく必要があるだろう。

 伊藤千代子という寅子よりも9歳年上の1905年(明治39年)生まれで、1929年(昭和4年)に24歳で死亡している女性がいる。
 2歳で母と死別、亡母の実家に移り養育される。諏訪高等女学校(現・諏訪二葉高校)に進学、同校教諭(のち校長)で歌人の土屋文明の授業を受けた。千代子は彼に大きな影響を受けたとされている。1924年(大正13年)、尚絅女学校(仙台市)を経て、翌年、東京女子大学に編入。同大学社会科学研究会で活躍。
 1927年(昭和2年)、長野県岡谷で起こった製糸業最大の争議を支援。1928年、初の普通選挙をたたかう労働農民党の支援。同年2月、日本共産党に入党。党中央事務局での活動を始めて半月後、3・15事件の弾圧により検挙される(治安維持法違反)。拷問などで転向を強要されるが拒否。翌1929年、拘禁精神病を発症し、急性肺炎により病死。享年24歳。
2022年、井上百合子主演、桂壮三郎監督(所沢市在住)の映画「わが青春つきるとも 伊藤千代子の生涯」が公開されている。私は所沢で「自分には彼女のような生き方は無理だったな」と思いながら鑑賞した。

 伊藤千代子没後6年を経過した1935年、千代子の恩師であった土屋文明は「こころざしつつたふれし少女よ 新しき光の中に置きて思はむ」と詠んでいる。この歌には、土屋文明の千代子に対する愛惜の念が感じられる。

 三淵嘉子さんが伊藤千代子のことや土屋文明の短歌を知っていたかどうかは知らない。けれども、多感な女性であった嘉子さんはそのことを知っていて(3・15事件は報道されている)、その生き方に影響を受けたかもしれない、などと勝手に想像している。

 それから90年近くが経過している。千代子が命をかけた「こころざし」は、日本共産党が継承しているようである。「虎に翼」の中で、寅子の志はどのような展開されるのだろうか。楽しみにしている。(2024年4月21日記)

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2024.4.17

ウクライナの次は台湾なのか!?

-自衛隊最高幹部たちのシミュレーション


はじめに
日本戦略研究フォーラムという組織がある。「わが国の安全と繁栄のための国家戦略確立に資する…研究を行うと共に、その研究によって導き出された戦略遂行のため、現行憲法、その他法体系の是正をはじめ、国内体制整備の案件についても提言したい」として、1999年に設立された組織である。現会長は屋山太郎氏。故安倍晋三氏が永久顧問である。主要なテーマとして、日本の防衛力などを強化する政策提言が挙げられている。
そのフォーラムが、政治と国民の意識を啓蒙するために、台湾海峡に関するプロジェクトを立ち上げ、「台湾有事」についてのシミュレーションや兼原信克元国家安全保障局次長、岩田清文元陸将、尾上定正元空将、武居智久元海将の座談会を開催している。
その成果が『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』(新潮新書・2022年5月)だという。そのリード文は「ウクライナの次は台湾か。その時日本はどうする?「有事の形」をシミュレーション。」とされている。

この小論は、その本で展開されている論理の紹介とそれに対するコメントである。現行憲法の是正を目的とし、防衛力の強化を提言する組織が、どのような発想で政治と国民を啓蒙しようとしているのか、それを知ることは不可欠の作業だと思うからである。以下、彼らはというのは、この本の執筆者4人の総称として理解していただきたい。

台湾海峡の平和が崩れるとき
 彼らは、台湾海峡の平和が損なわれる事態は必ず日本に波及するという。
台湾と与那国島の間は約110キロの近さにある。中国のミサイル約1600発は南西諸島全域を射程に収めている。中国が台湾を隔離しようとすれば尖閣諸島の領域にも中国軍艦艇が遊弋する。東シナ海の様な半閉鎖海で紛争が起きれば、必ず沿岸国を巻き込むことになる、というのがその理由である。
台湾海峡危機は、日本の経済活動に甚大な影響を及ぼす。その影響を最小限に抑えるためには平素からどのような備えが必要になるか、それが問題であるとされている。
その答えは、グレーゾーン(有事とも平時とも言えない状態)から武力衝突の開始までの政策過程を検証する「政策シミュレーション」と「机上演習」であるという。その際に、最も重視したのは、有事法制(2003年)と平和安全法制(2015年)がうまく機能するかどうかどうかであったとされている。
 
要するに、台湾危機に際してどのような軍事的対応が可能かを検討しているのだ。そこには、その危機を避けるという発想はない。けれども、彼らは、台湾危機を期待しているわけでもない。こういうことも言われているからだ。


台湾危機を起こさせてはならない
 彼らは次のように言う。
アメリカは台湾に核の傘を提供していない。軍事的に台湾海峡への対応を真剣に突き詰めている感じもない。「外交的に何とかします」と言われても国民に責任を持つ政治家なら「信用できない」というのが普通だろう。アメリカは強くて遠い。しかも核兵器を持っているから、米中全面戦争は起こりえない。しかし、日本は違う。台湾有事が始まれば、アジア最大の出城である日本は、台湾と同様に蹂躙される危険がある。だから、日本は台湾有事を起こさせてはならない。
 
台湾有事を起こさせてならないという結論に反対する人はいないだろう。日本人も台湾の人も中国大陸の人も大勢死ぬし、人間が作ったものも作れないものも破壊されるからである。それを避ける根本的な方法は、中台間の紛争を武力で解決しないことであり、そのためには、武力の行使ができないようにすることであり、更には、武力そのものを廃棄することである。
けれども、彼らの発想は逆である。アメリカに中途半端な態度をとるなとけしかけるだけではなく、自分たちの防衛力も極大化しようというのである。彼らの発想に耳を傾けてみよう。

中国は日本を狙っている
 彼らは、こんなことを言っている。
中国はミサイルで日本を狙っている。1600発の弾道ミサイルを持ち、500基の発射台付き車両がある。この500基が一度に日本を狙えることになる。この全部を無力化することは不可能だ。しかし、「座して死を待たない」ためには、攻撃対象はミサイルでなくていい。指揮統制中枢でもいいし、司令部でもいい。場合によっては、日本の総理官邸にあたる敵のリーダーシップでもいい。

こうも言う。
中国の第1波というのは、必ずミサイルの一斉発射で来る。それによって航空戦力の発揮基盤を潰されると、航空優勢が取れなくなる。だから、そこをサバイバルしながら、第2波、第3波を防ぐために敵のミサイル基地やなどを無力化しなければならない。

彼らは、中国の武力行使を前提として、ミサイル基地を全部叩くことは不可能だから、敵基地攻撃どころか、習近平を狙える軍事力を持とうと言っているのである。相手が、岸田首相を狙ってくることを想定していないのだろうか。東京や北京に非戦闘員がいないとでも思っているのだろうか。民生用の施設が林立していることを知らないのだろうか。多分そんな頭は働いていないのだろう。

彼らは、台湾危機が発生すれば、在中国、在台湾の邦人をどうするか、先島諸島の住民をどう避難させるかなども考えている。その結論は、在中国在留邦人11万人の救出は絶対に無理だとしている。先島には戦車をおき、毎年演習をやるべきだとも言う。中国で働いている邦人やその家族などは知らん。そんなところにいる方が悪いのだと言わんばかりである。

15年戦争末期の「シベリヤ抑留」、「残留孤児」、「残留婦人」の現代版が起きることになる。そして、先島諸島の住民の生活など、日本を守るためなのだから犠牲になれというのであろう。
彼らは、与那国島に中国の工作員が潜入し、住民投票を行い、日本からの独立宣言をして、琉球王国を復活させるというシミュ―レーションまでしている。だったら、もっと、先島諸島はもとより、沖縄本島の人たちか置かれている状況を丁寧にシミュレーションすべきであろう。

全ては抑止のために
彼らは、「攻撃は最大の防御」とはいうけれど、自分たちが先に手を出したとは言われたくないとも考えている。あくまでも自衛権の行使としなければならないという意識はある。だから、全ての準備は攻撃されないための抑止力とされる。ミサイルの一斉発射に備えなければならないのだから、自衛隊の強化すだけでは済まないことになる。国力を上げての準備が求められるし、法律論などは邪魔者扱いされることになる。だから、こんなことも語られている

量子やサイバー研究の拠点は、横須賀あたりに作って、毎年1兆円くらいの予算を出せ。もちろん、反自衛隊、反日米同盟で軍事研究を許さないと頑張っている日本学術会議の息のかかった施設は除いて。
沖縄の反基地闘争とか、イージス・アショアの失敗とか制度的に地方自治の権限が強すぎる。国の安全保障に関して地方自治体が拒否権を持つことの是非を考えなければならない。
内閣法制局が「憲法違反の疑い」などという曖昧な一言で軍令事項(軍事作戦)に口を出していたが、これは健全な政軍関係から見て異常なことだ。法律論過剰だ。


ここでは、憲法の非軍事条項も、学問の自由も、地方自治も完全に無視されている。全てが、抑止力、防衛力という軍事力に劣後されているのである。日本版「先軍思想」といえよう。
憲法も法律も無視する議論が、国家安全保障局や自衛隊に在籍していた諸君によって、啓蒙家気取りで語られているのである。彼らには、立憲主義とか公務員の憲法尊重義務とか「法の支配」という概念は縁がないのであろう。

米国の核抑止
彼らは、非核兵器による抑止が崩壊した場合には、核による抑止も想定している。戦略核兵器は米国も中国も使用しないだろうと勝手に決めているけれど、戦術核兵器の使用は想定している。核共有は語られてはいないが、核の持ち込みについては検討されている。そして、米国に対しては、先制不使用政策や「唯一目的政策」(核兵器使用は核攻撃に対する反撃に絞る)を採用することは、抑止力の低下につながるので、絶対にやらないようにと注文している。核軍縮や軍備管理は必要だけれど、米国が一方的に変更すべきではないというのだ。岸田首相は核軍縮に強い信念を持っているようだが、台湾有事を念頭に、米国に核抑止の再保証を求めてもらいたいともしている。

米国の核兵器は抑止力として不可欠なのだから、それを弱めるようなことはするなと首相を啓蒙しているのであろう。非核戦力での抑止が機能しなかったら核抑止を機能させようというのである。その核抑止が機能しない場合には、核兵器が使用されることになる。米国が使用すれば、米中間での核の応酬が始まり、米国が使用しなければ、日本だけが中国の核兵器のターゲットとされることになる。広島と長崎が、那覇や佐世保で繰り返されることになる。そのような事態は少し想像力を働かせれば想定できることであろう。

彼らが中国を恐れる理由
 彼らは、中国について次のような見解を持っている。
 中国の経済力は日本の3倍、防衛費は5倍という規模だ。日本は、日米同盟を基本にしてアメリカとの役割分担を考えつつ、まずどう戦うかを考えなければならない。中国に対抗する防衛力を構築しなければならない。
 親中派と言われるシニアの政治家たちは、ロシアが敵だった時の人たちだ。しかも、戦争の贖罪意識があった。70年代、80年代は正しかったもしれないけれど、当時と今とでは日中間の力の差が大きすぎる。今の中国は東の横綱だ。その横綱が、今や、尖閣と台湾を狙っている。経済は半分つながっているのでわざわざ喧嘩する必要はないけれど、外交、安全保障をうまくやらないと中国に屈服させられてしまう。そのくらいの感覚で、日本の対中戦略を完全に繰り替える必要がある。

 
要するに、中国が大国になり、台湾を併合しようとしているし、尖閣諸島の略奪をもくろんでいるので、それに対抗する防衛力を構築しようというのである。そうしないと屈服させられてしまうというのだ。ここでは、大国化した中国に対する恐怖が表明されている。彼らの「弱肉強食の世界観」が滲み出てきているようである。

また、2018年安倍首相(当時)の李克強中国首相歓迎晩さん会でのスピーチにあった「『戦略的互恵関係』の下、全面的な関係改善を進め、日中関係を新たな段階に押し上げていきたい」などという文言は完全に無視されている。故安倍晋三氏は彼らのフォーラムの永久顧問である。それから4年である。何とも早い変わり身である。安倍さんは草葉の陰でどんな想いでいるのだろうか。「よくやった」と思っているのであろうか。

まとめ
 結局、彼らは、大国化した中国の危険性を言い立て、敵意を煽り、対抗する防衛力を構築しようというのである。しかも、その防衛力とは、500発のミサイル同時発射攻撃に対抗でき、北京にいる習近平を狙える程度のものだとしているのだ。のみならず、研究機関も地方自治体も防衛のために動員し、アメリカの核兵器にも依存しようというのである。それが、中国の侵略を抑止する方法だというのである。対中国戦争のための「国家総動員体制」確立の提案である。

彼らは、内閣法制局の戦争を知らないシンプルな頭の持ち主は、軍事のことなどに口出しするなとも言っている。彼自分たちがどのくらい戦争のことを知っているか疑問だし、彼らの方が余程単細胞だと思うけれど、彼らにはそんな自覚はないのであろう。
「専守防衛」のもとで、どのような実力を持てるのか、自衛隊を海外にどのように出すかなどについて「精緻な論理」を組み立ててきたはずの内閣法制局など、完全に虚仮にされているのである。
「専守防衛」は自衛のための実力の保有を認める立場であるが、彼らは、防衛のためという理由で北京へのミサイル攻撃の準備を主張しているのである。「専守防衛」の枠組みを超えていることは明白である。もちろん、「平和を愛する諸国民の公正と信義」などとは対極にある発想である。

既に、自衛隊や日米安保の合憲性について疑義をはさむ研究者などは学術会議から排除されている。今後は、その人たちから影響を受けていると思われる研究機関は、予算配分で冷遇されることになる。
彼らは、この日本を法や知性ではなく、軍事が優先する国家にしようとしているのだ。このような彼らの発想は、決して突出したものではない。つい最近、岸田首相に提出された「有識者会議の報告書」には、ここで紹介した彼らの主張があちこちにちりばめられている。与党合意も同工異曲である。打撃力という戦力の整備が準備されようとしているのである。
日本は、私が自覚しているよりももっと速いスピードで奈落に向かっているようである。何とかしなければならない。

追伸
この小論は、2022年12月7日に書かれている。
その後、12月7日には、「国家防衛戦略」などの「安保三文書」が閣議決定された。そこでは、ここで紹介した発想と提案が採用されている。それから、1年半が過ぎようとしている。
4月12日、「日米同盟は前例のない高みに到達した」とする日米首脳共同声明 「未来のためのグローバル・パートナー」が発出された。既に、「防衛整備品」の輸出や戦闘機の共同生産が堂々と行われるようになった。防衛産業などに従事する人たちの選別と監視が強化されることになる。それが「重要経済安保情報保護法」だ。「地方自治法改正」も予定されている。「有事」に際して、地方自治などは存在しないことになる。沖縄の抵抗を排除するための仕掛けである。
4月16日、今年の「外交青書」がまとまり、そこでは、日中関係について、多くの懸案を抱えているとする一方、双方が共通の利益を拡大していく「戦略的互恵関係」を推進することが5年ぶりに書き込まれた。建設的で安定的な関係の構築に取り組む姿勢も強調されているようである。
けれども、今、政府が進めているのは、本文で紹介してきたとおり、対中国敵視と戦争準備の強化である。「外交青書」に安倍政権時代の「戦略的互恵関係」などという文言を復活させたとしても、中国との関係改善には役に立たないであろう。中国包囲網を強化する米国との一体化を推進しながら語られる「互恵関係」などありえないからである。
武力に依存するのではなく、知恵と対話に基づく「互恵関係」の形成が求められている。
(2024年4月17日記)

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2024.4.16

「虎に翼」は面白い その2

「虎に翼」のことを書くと色々な反応が寄せられる。
 寅子に影響を与えた一人として小林薫さん演ずる穂高重親先生のモデルは「家族法の父」といわれた穂積重遠だと書いたら、堀尾輝久先生からレスがあった。堀尾先生は核兵器廃絶日本NGO連絡会のメーリスに投稿した拙文を読んでくれたのだ。ちなみに、堀尾先生は「9条の精神で地球憲章を」と提唱している学者だ。堀尾先生のレスにはこんなことが書かれていた(一部省略)。

「虎に翼」私も興味深く見ています。
穂高先生モデルは「家族法の父」と言われる穂積重遠先生。
確かに戦後も民法学では評価が高いのですが、私は親権と子どもの権利の問題に関心を持ち、穂積説を調べたことがあります。
その大著『親族法』(岩波書店1933)で「-- 従来は親権を権利の方向から観察したが、今後はむしろ『親義務』として、義務の方向から観察した方がよいと思う。--そういうとすぐに、それでは養い育てて貰ふのが子の権利になって面白くないという批判があるかもしれないが、義務に対応する受益者が、必ず権利者であると考えるのがそもそも囚われた話で、親が子を育てるのは、子に対する義務といはんよりは、むしろ国家社会に対する義務と観念すべきである。」とあるのを引いてその家族国家観的枠組みと子どもの権利排除論を批判したことがあります(1966年のこと・大久保注)。
 この問題は今日の「共同親権」問題を考える際にも重要な問題だとあらためて思ったところです。親権という表現は残り、子どもの権利が根付かない法学的背景の一つとして。


この堀尾先生のレスによれば、穂積重遠著『親族法』は1933年に出版されているので、嘉子さんたちは直接・間接にこの本に書かれている教育を受けていたことになる。ここでは、親権を「親義務」としてとらえようということと、その義務は子に対するものではなく、国家社会に対するものであるとされている。
たしかに、親権を親の子に対する権利ではないということでは新しい観点なのかもしれないけれど、それは、子どもの権利などは念頭にない「家族国家観的枠組み」という面も否定できないであろう。
今から、90年ほど前の時代背景を考えれば、穂積の親権についての考えは斬新であったであろう。そこに、堀尾先生が指摘するような問題点があったとしても、嘉子さんたちが大きな感動を受けたであろうとは容易に想像できる。

他方、当時の男子学生たちが穂積の斬新な考えをどの程度受け止めていたかどうかは極めて疑わしい。4月16日の放送で、明律大学の男子学生たちが、寅子たちの『法廷劇』を妨害しているシーンがあった。彼らの女子学生蔑視の不適切さは生々しかった。穂高先生も咳払い以外のことはしなかった。このシーンは1933年のことだから、当時学生だった諸君は、1973年には60歳前後ということになる。

何でそんなことを言うかというと、1973年に修習生になった著名な女性弁護士がこんな述懐をしているからだ(日民協のメーリス・私はこのメーリスにも投稿した)。

私が修習生になった1973年のことです。担任の検察教官から真っ先に言われたことは「あなたのご主人は立派ですね」。私がきょとんとしていると「妻に司法試験を受けさせるなんて普通の夫ではありえない」とのことでした。これではまるで夫の許可を要するというのと同じ思考でしょう。
最初の実務は東京地裁刑事部でした。ここで初日に裁判長から言われたことは忘れません。「あなたは明日から30分早く出勤してください」。私がまたきょとんとしていると「お茶は女性に入れてもらうのがおいしいので」。もちろん、裁判長のお茶くみは修習生の仕事ではありえません。
当時はセクハラという認識などなく、二人の子どもを保育園に送ってから出勤する私にとっては朝が30分早くなるのは大変でしたが、反論の言葉を持たなかった私は30分早い出勤を続けました。
1975年に弁護士になった私でさえ、山と降りかかる女性差別の言動にさらされてきました。寅子の時代のそれは想像を絶するのではと、ドラマを複雑な気持ちで見ています。

こういうエピソードを聞くと、ますます、「虎に翼」から目を離せなくなる。そして、寅子の「はて!?」というセリフに、もっと注目しておくことにする。
(2024年4月16日記)

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2024.4.15

「夢の泪」を観た!!

昨日、井上ひさし作「夢の泪」を観た。井上ひさしファンであるカミさんと一緒だった。私も彼の作品は決して嫌いではない。学生時代、寮のテレビで何気なく視ていた「ひょっこりひょうたん島」以来、井上ひさしは忘れられない名前なのだ。そんなにたくさんの作品に接しているわけではないけれど、彼が「日本国憲法は世界史からの贈物、最高の傑作」としていることを知っている私は彼を贔屓にしている。

井上さんは1934年(昭和9年)11月の生まれだから、私より一回り(12歳)年上だ。12年の齢の差というと、接した年齢によって、大きな違いを意味することになる。10歳の時に接すれば相手は22歳だ。子供と大人だ。77歳で接すれば89歳だ。両方とも老人だ。
私は井上さんと直接接したことはないけれど、彼と仙台一高の同級生だった樋口陽一先生には、学生時代に学生と助教授という関係で接しているので、12年の歳の差を樋口先生と重ね合わせている。私が20歳の時、2人は32歳だった。樋口先生は今でも「雲の上の人」だ。けれども、「9条の会」の呼びかけ人をしている井上さんは、決して遠い人ではないように思っている。

話を「夢の泪」に戻すと、私には難解な舞台だった。井上作品は決して単純ではない。この作品もそうだ。テーマは、東京裁判の評価、特に事後法の禁止、戦争の被害者、米国における日系人の処遇、朝鮮人差別、官憲の野蛮さなどから、弁護士の実態や娘の恋物語まで盛り込まれている。
しかも、表現方法は歌とセリフという凝りようだ。一番前の席で観ていたから俳優たちの息遣いやこぼす泪まで、リアルに受け止めることはできたけれど、彼が伝えようと思ったことをどこまで理解できたかは心もとないところではある。

井上さんは何を伝えたかったのであろうか。
会場で買い求めた『the座』120号に再録されている「裁判儀式論」で、彼はこんなことを書いている(元々は2003年)。

東京裁判には「正しいところと、間違ったところがあった」。
チャーチルがナチスについて「あんな非道な連中のやったことに法律的議論をしても仕方がない。ナチス首脳など即刻死刑にすべきだ」としていたけれど、スターリンが「裁判抜きの死刑はありえない」と反対し、アメリカが「裁判は儀式なのだから…」となだめて、ニュルンベルク裁判が行われた。
この裁判儀式論を、東京裁判に転用すると「あれは、不都合なものはすべて被告人に押し付けて、お上と国民が一緒になって無罪地帯へ逃走するための儀式のようなものだった」ということになる。
では、どうやって逃げたのか、それも今回きちんと書き込んだつもりです。


少しネタバレで申し訳ないけれど、この劇では、ラ・サール石井さん扮する伊藤菊治弁護士とその妻である秋子弁護士が、清瀬一郎の推挙で、松岡洋右を弁護するという設定が縦糸になっている。けれども、「東京裁判」についての評価が明示されているわけではない。インドのパル判事が展開した「事後法の禁止」は、大日本帝国が不戦条約などの脱法をしたことと対比されて否定されているけれど、結論は出されていない。また、その他の論点についても観劇する者に考えさせようと工夫されている。

井上さんが「書き込んだ」としていることを私なりに理解すると、戦中派には「あなたはあの戦争にどのようにかかわったのか」であり、戦後派である私たちには「あなたはあの戦争をどう思うのか」ということのように思う。
菊治と秋子の娘である永子の次のセリフにそれが凝縮されているように思うからだ。
「日本人のことは、日本人が考えて始末をつける。」
「ひとさまに裁いてもらうと、あとで、あれは間違った裁判だった、いや、正しい裁判だった…。そういうことになるでしょう。」

『the座』では、加藤正弘氏の「『劇場型』っていうくらいだし―こまつ座の芝居で政治を考えるー」というコラムが連載されている。確かに、過去と現在と未来の「政治を考える」機会になる作品ではあった。

付け加えておくと、山田洋次さんも鑑賞していた。山田さんは、1931年生まれだから、井上さんや樋口さんよりも少し年上だけど、この劇をどのように見ているのか、機会があったら聞いてみたいと思っている。(2024年4月14日記)

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2024.4.12

「虎に翼」は面白い!!


寅子が入学した明律大学に小林薫さんが演じる穂高重親先生がいる。穂高先生は寅子の運命を変える人の一人とされている。たしかに、これまでの進行を見ているとその役回りの様だ。

穂高先生のモデルは穂積重遠だと言われている。清永聡著『三淵嘉子と家庭裁判所』によれば、明律大学のモデルである明治大学が女子に門戸を開く決断した背景には、穂積重遠と明治大学出身の松本重敏弁護士の存在が大きいとされている。そして、この二人は弁護士法改正委員会の委員も務めていたという。

その穂高先生が、弁護士法が改正されなかったと言って嘆いていた女子学生たちに「必ず女子も弁護士になれるようになる道は開かれる」と励ましていたシーンがあったのは、そういう背景があるのだろう。
弁護士法が改正され、女子に弁護士への門戸が開放されるのは1933年(昭和8年)であり、嘉子が女子部に入学するのは1932年なので、1年生の時には、弁護士への道は開かれていなかったことになる。それでも、寅子はその道を選択していたのである。

ところで、寅子が穂高先生を尊敬する理由は、穂高先生が寅子の話を遮らないで「言いたいことを最後まで言わせてくれる」ことにある。人の話を遮ってお説教したり、蘊蓄を垂れたりする人は結構いるので、寅子のこの発想とセリフは秀逸といえよう。

穂積重遠は、清永本によれば、「家族法の父」と呼ばれ、女性の権利擁護に理解があったという。法制史学者福島正夫は「彼の一貫した立場は、法の社会的作用と身分法の近代化であって、これをもって時流に乗ずる醇風美俗派と対抗した」としている(『法窓夜話』解説)。ウィキペディアには、賀川豊彦らが作ったセツルメント活動にも協力したと記載されている。穂高先生もそういうキャラクターとして描かれているのであろう。

その重遠の父は穂積陳重であり、母歌子の父は渋沢栄一である。渋沢にとっては最初の孫だったという。それはそれとして、私は穂積陳重著『法窓夜話』に接したことがある。手元にあるのは岩波文庫の1985年4月の第7刷だ(元々の発刊は1916年)。
何でその話をするかというと、大正4年(1915年)7月、英国ロンドンにて、という重遠の序がそこにあるからだ。重遠はこんな風に書いている。

父は話し好きだった。しかし、むつかしい法律論や、込み入った権利義務の話はあまりしませんでした。好んで話したのは、法律史上の逸話、珍談、古代法の奇妙な規則、慣習、法律家の逸事、さては大岡裁きといったようなアネクドートでありました。

重遠は父が語る小話を整理していたようで、その内の百話が『法窓夜話』なのだ。たしかに面白い話が沢山収められている。
ここは、その話を紹介する場所ではないけれど、一つだけは共有しておきたいのは「女子の弁護士」というわずか5行の小話だ(本では固有名詞が使用されているが、ここでは省略してある)。

昔、ローマでは、女子が弁護士業を営むことが公許されていた。錚々たる者もいたけれど、ある女性弁護人に醜業があったので、皇帝は女子弁護士を禁止した。この論法をもって推すならば、男子にも弁護士業を禁ずることにせねばならない。

こういう父の話を整理して父に出版を薦めたような人だからこそ、嘉子の人生に影響を与えることが出来たし、嘉子もまた、私たちに励ましを与えているのではないだろうか。もう、手遅れかもしれないけれど、私もそういう人になりたいと思う。

「虎に翼」は、私たちに「法とは何だ」と自問する機会を提供してくれているように思えてならない。(2024年4月12日記)

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2024.4.9

腐敗した自民党による改憲を許さない

ー「核の時代」でこそ9条が求められるー

  

 今国会は「裏金国会」などといわれている。国権の最高機関(憲法41条)である国会が何ともお粗末な状況にある。その原因は自民党議員のカネに対する汚さだ。

 政治資金規正法は「議会制民主政治における政党や政治団体の重要性にかんがみ、政治資金の収支の公開などの措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、民主政治の健全な発達に寄与する」ために制定されている。

 キックバック議員は、正確な「政治資金の収支」が大前提なのに、それを意図的にごまかしたのだ。今回の事態は、政治の「公明と公正」を害し「民主政治」の根幹を揺るがす大問題なのだ。彼らは「民主政治」を理解しない「無法者」であることを確認しておく。

 

 ただし、彼らの腐敗と堕落を政治不信一般としてはならない。この事態は「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」という箴言のとおりの自民党の腐敗だということを見抜かなければならない。

 有権者が見抜いていることは、「保守王国」といわれる群馬で共産党が自主支援する候補者が当選したこと、京都市長選挙では、私の知り合いの福山和人弁護士が、自民、公明、立憲、国民が推薦する候補の陣営に「もうダメかと思った」と言わせる大奮闘をしたことなどに現れている。この所沢でも、自民党市長が落選している。有権者は、腐敗は嫌いだし、誰が自分の味方なのか、きちんと見ているのである。

 

 今、島根1区、長崎3区、東京15区で衆議院補選が予定されている。自民党が候補者を出せない選挙区もあるし、立憲の候補者を共産が自主支援するという選挙区もある。大きな変化が起きるかもしれない。「市民と野党の共闘」にも期待している。

 

 ところで、その自民党は憲法改悪を進めている。緊急事態への対処、議員の任期なども言われている。緊急事態において、政府と与党にすべて任せろと言うのである。何とも「恥知らずな言い草」だと思う。法を守らない者たちが、自分に権限を付与している憲法を変えようというのだから「鉄面皮」というしかない。

 

 のみならず、改憲の最終目的が9条の廃棄であることは明らかだ。「安保三文書」は、国家を挙げての防衛力の強化や「拡大核抑止力」を含む日米同盟の強化を内容とする「先軍思想」に基づく「国家総動員体制」の確立が必要だとしている。米国などと協力して、中国、北朝鮮、ロシアとの軍事衝突に備えようというのである。

 岸田首相はその誓いを述べるために米国に召喚されている。「国賓」という名の「朝貢使節」のように見えてならない。

 

 武力行使が人々にどのような凄惨な事態をもたらすかは、ウクライナやガザを見れば明らかではないか。しかも、核兵器使用までもが危惧されているのである。にもかかわらず、彼らは武力に依存しようというのである。「平和を望むなら核兵器に依存せよ」という核抑止論である。「平和を望むなら戦争に備えよ」というローマ時代への回帰である。

 

 そもそも、9条誕生の背景には、「核の時代」にあっては、文明が戦争を滅ぼさなければ、戦争が文明を滅ぼすことになる。戦争をしないなら、戦力はいらないとの思想があったことを忘れてはならない。

 「核の時代」であるからこそ、9条を護り、それを世界に広げることが求められているのだ。キックバックを受けた諸君を国会から放逐し、核兵器廃絶と9条擁護と世界化の運動を進めなければならない。(2024年4月9日記)

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2024.4.8

「虎に翼」が始まった!!

 朝ドラ「虎に翼」が始まった。ブギヴギも面白かったけれど、今回は初めての女性弁護士の一人三淵嘉子をモデルにしているというので、職業柄からの興味もある。


 嘉子さんはブギヴギのモデル笠置シヅ子さんと同じ1914年(大正3年)生まれだという。笠置さんのブギヴギは、少年時代、ラジオから流れていた記憶があるけれど、嘉子さんを知ったのは、弁護士になって20年以上も過ぎて、「原爆裁判」の判決書の中にその名前を見てからだ。


 大正12年(1933年)生まれの私の母(101歳)よりも20歳ほど年上の人の物語だけれど、私と嘉子さんがかぶっていることがないわけでない。嘉子さんは、1979年(昭和54年)11月に横浜家庭裁判所所長を退官するけれど、1980年には弁護士登録している。私は、1979年4月に弁護士登録しているので、嘉子さんがなくなる1984年(昭和59年)までは、日弁連の会員として同じ名簿に登載されていたことになる。

「だから何だ?!」と言われるかもしれないけれど、今の私は、日本で最初の女性弁護士だとか裁判所所長だとかということよりも(もちろんそれもすごいと思うけれど)、「原爆裁判」に最初から最後までかかわった裁判官だった嘉子さんに、勝手に「親近感」を覚えているのだ。「原爆裁判」を無視して「核の時代」である現代を語れないからだ。


 残念ながら、私には生の嘉子さんとの交流はない。けれども、嘉子さんと交流のあった人に知り合いはいる。例えば、元裁判官の鈴木經夫弁護士だ。鈴木さんは私が敬愛する法曹の一人だ。
鈴木さんは、1964年(昭和39年)に、東京家庭裁判所に判事補として赴任している。その年4月、歓迎会を兼ねた裁判官の飲み会に三淵さんも参加していたという。その時、開始早々、古手の裁判官が「三淵さん、どうですか」と声をかけたそうだ。鈴木さんは、何かを強要しているような、今思うとこれはセクハラではないのかという感じだったという。けれども、嘉子さんは、予想外に、にこにこしながら立ち上がって、モン・パパというシャンソンを堂々と歌ったというのである(清永聡『三淵嘉子と家庭裁判所』・日本評論社)。


モン・パパの歌詞はこうだ。
うちのパパと/うちのママが話すとき/大きな声で怒鳴るのは/いつもママ/小さな声で謝るのは/いつもパパ…。

気が付いた人もいると思うけれど、朝ドラの寅子の親友と寅子の兄の結婚式で、寅子が父親に「強要」されて歌っていた歌だ。


 鈴木さんは、「この歌をなぜ選ばれたかは、わかりませんが、歌詞が今でも記憶に残っているのは、三淵さんが『強要』に対して、何ともしなやかに対応されたと感じていたからかもしれませんね。」としている。
脚本の吉田恵里香さんは、もちろんこの清永さんの著作を読んでいるだろうから、鈴木さんのこのエピソードも承知していて、シナリオに組み込んだのであろう(と空想している)。
 史実とドラマが違うものだということは承知しているけれど、こういうエピソードが組み込まれていると、登場人物の息遣いが聞こえてくるようで、本当に楽しい。


 まだ、第1週が終わったばかりだけれど、「地獄への道」を果敢に選択する寅子のこれからが、伊藤沙莉さんの好演もあって、楽しみだ。伊藤さんという女優は見る人をその物語に自然と誘い込むような魅力がある人だ。

これからも、「虎に翼」関連のブログを書くことにする。

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2024.4.5

「1789-バスティーユの恋人たち―」を観た!!

去年の7月26日。東京宝塚劇場で「1789-バスティーユの恋人たち」という宝塚歌劇星組公演を観た。生まれて76年、宝塚歌劇とは全く縁のない生活を送ってきた私としては、何とも刺激的な3時間だった。
これは埼玉弁護士会憲法委員会の企画だ。この企画に参加しようと思った動機は、何といっても、そのテーマである。1789年というのはフランス大革命の年だ。バスティーユというのはフランスの要塞であり監獄である。フランスの民衆がその監獄を襲撃し、武器・弾薬を奪い、政治犯を解放した事件は、フランス革命のハイライトだ。その革命を背景にした「恋物語」を連想させるネーミングに魅かれたのだ。革命と恋は、多くの物語のテーマだし、私もそれは嫌いではない。社会変革と身を焦がすような恋愛。きっと、あなたもそれは気にかかるテーマであろう。ということで、事務所の村山志穂を誘って参加したのだ。


恋物語
(以下、ネタバレを含む)。物語は1788年のフランスの農村で始まる。王の命令で税金を滞納している農民が射殺され、孤児となった兄がパリに行くことを決意する。それが主人公のロナンだ。彼が実在の人物かどうかは知らないけれど、バリでは、カミーユ・デムーラン、マクシミリアン・ロペスピエール、ジョルジュ・ダントン、ジャン・ポール・マラーなどの実在の人物との交流が始まる。
他方、フランス王家も描かれ、マリー・アントワネットやルイ16世、その弟のシャルル、国務大臣ネッケルなどが登場する。そして、ヒロインは、アントワネットとルイの子どもの養育係のオランプである。ちなみに、彼女の父親はバスティーユの管理人なのだ。彼女が実在の人物であるかどうか、私は知らない。
王の命令で父を殺されたロナンと父とともに王家に仕えるオランプの「決して一緒になれない運命」にある二人が「バスティーユの恋人たち」である。そのきっかけが、アントワネットの不倫話というのだから、なかなか面白い設定になっている。

なお、ロナンは、民衆がバスティーユに押し掛けた際に、オランプの父を説得し、父を民衆側に立たせるのだが、自身はその命を落とすことになる。オランプは、王家への忠誠とロナンへの愛との間で深い葛藤に悩むが、その葛藤を解消するのは、アントワネットの「愛する人のところに行きなさい」という一言であった。アントワネットも、フランス王の后であり、三人の子どもたちの母ではあるが、スウェーデンの将校と恋をしていたのだ。けれども、彼女は、民衆の蜂起を見て、フランス王の后として王と王家の子どもたちを選択する。(この歌劇では、ギロチンの模型は出てくるけれど、王族の処刑は描かれていない。王がギロチンの模型について語るシーンは暗喩的で、心憎い仕掛けになっている。)
ロナンとオランプの恋物語に止まらず、アントワネットの心情を重ねることによって、この物語の深みが増している。「さすが、宝塚」だ。


革命物語
恋物語だけではなく、革命物語も描かれている。ロナンの妹ソレーヌがバリに流れてきて娼婦になっている。彼女は「こんな私にどんな生き方ができるのと」と兄に言う。いささかステロタイプかとも思うけれど不自然ではなかった。貧困と差別に苛まれた女性が「身を売る」ということは今でもありうることだ。妹がロナンの仲間に大事にされていたというのもうれしかった。

陰謀家であるルイ16世の弟は、カミーユやロペスピーエールたちは、プチブルの出身で、頭でっかちで、本当の苦労は知らないとして革命派の分断を図るけれど、それは功を奏していない。ロナンも彼らとの違いを意識しつつ、彼らが「俺たちは兄弟だ」と言ってくれることを信頼しようとしている。この歌劇は、フランスの旧体制を撃ち破りたいという情熱を持つ青年を好意的に描いている。

民衆がなぜ蜂起しなければならなかったのか。なぜ、王家を打倒し新しいフランスを創ろうとしたのか。王家との対象で描かれている。 王家では、王妃は不倫をしている。弟は兄の王座を狙っている。民衆を暴力で押さえつけるか、それともうまいこと説明してなだめるのかでの対立もある。秘密警察も登場する。何となくピエロ的な存在として扱われている。演出家の遊び心かもしれないと思いつつも、日本の特高警察の行状を知る私としては笑っているだけでは済まないところでもあった。王家や王党派の「神から権力を授かった」とする奢りと強欲、民衆の蜂起を前にして王家を見捨てて逃亡する貴族たちの振る舞いは冷ややかに描かれていた。

革命は、その生命と生活を理不尽に奪われる者たちの、奪う者たちの支配を打倒するための命をかけた戦いである。立ち上がる側も受けて立つ側もその全存在をかけての闘争である。その間で右往左往する存在ももちろんあるし、むしろ多数かもしれない。
それは、古今東西問わず、世界のあちこちで起きた史実である。今も、革命という形ではないけれど、ウクライナのゼレンスキー大統領は、プーチンのロシアの侵略を受け、「To be or not to be」というシェイクスピアの言葉を引用している。
歴史は、そのようにして、進むのであろう。


歌と踊り
ストーリはこのようなものだけれど、宝塚歌劇を啓蒙芸術としてみるのは野暮であろう。ソロもデュエットもトリオもカルテットも合唱も素晴らしい。趣向を凝らした群舞も何とも華やかだ。パレ・ロワイヤルでの市民たちの歌と踊りはエネルギッシュだ。王党派との立ち回りもある。鳥の羽を頭につけた短いスカートの踊り子たちのラインダンスは、中学時代の修学旅行で見た日劇でのラインダンスの以来の衝撃だった。
私は、2010年、NPTの再検討会議でニューヨークを訪れた時、ブロードウェイで「オペラ座の怪人」を観たけれど、この公演はその時の感動を明らかに凌駕するものだった。宝塚は日本語、ブロードウェイは英語なので、宝塚の方が親しみやすかったのであろう。

最後に
すごいと思ったのは、フランス人権宣言の暗唱があったことだ。私も、それを黙読したことはあるけれど、朗読したことはない。この歌劇の中でいくつかの条文が読み上げられていた。

人は、自由かつ諸権利において平等なものとして生まれ、そして生存する。
すべての政治的結合の目的は、人の自然かつ消滅しえない諸権利の保全にある。
あらゆる主権の原理は本質的に国民に存する。
自由とは他者を害しないすべてをなしうるということである。
すべての人は有罪を宣言されるまでは無罪と推定される。

などのフレーズが、力強い声で語り掛けられていた。
松元ヒロさんの憲法前文の暗唱もすごいけれど、タカラジェンヌたちの朗誦も涙がにじむくらいにうれしかった。

このような素晴らしい企画を実現してくれた憲法委員会のみなさん。
本当にありがとうございました。(2024年4月6日)

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2024.4.2

ブログを始めました

ブログを始めた。 既に喜寿を超えているので「いまさら」という気持ちもあるけれど、「何か言っておきたい」という気持ちがまだ残っているようだ。

日常の関心事はヤクルトスワローズの勝ち負けだけれど、核兵器や9条にも興味はある。

核兵器が「死神」であることは、それを作った責任者の一人であるオッペンハイマーが告白している。今度世界大戦がおきれば核兵器が使用されて「人類社会は滅亡する」ことは、日本国憲法を制定した議会で確認されている。平時に核兵器をなくしても戦争になれば核兵器は「復活する」としていたのは、ラッセルとアインシュタインたちだ。

気候危機や格差も気になるけれど、私は、とりあえず、核兵器の廃絶と憲法9条の擁護と世界化のために、「由無し事」を綴るつもりでいる。
「恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生活」できる未来社会を創ることは先を生きる者たちの使命と思うからだ。

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2023.12.6

『「核兵器廃絶」と憲法9条』が刊行されました。

『「核兵器廃絶」と憲法9条』が刊行されました。
詳細は、こちら
お申込みは、こちら 

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2022.11.3

『迫りくる核戦争の危機と私たち―「絶滅危惧種」からの脱出のために』が刊行されました。

『迫りくる核戦争の危機と私たち―「絶滅危惧種」からの脱出のために』が刊行されました。
詳細はこちら
お申し込みはこちら

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2022.1.22

『「核の時代」と戦争を終わらせるために―「人影の石」を恐れる父から娘への伝言―』が刊行されました。

『「核の時代」と戦争を終わらせるために―「人影の石」を恐れる父から娘への伝言―』が刊行されました。 詳細はこちら お申込みはこちら 「自著を語る」 書評 (前田朗・東京造形大学名誉教授) (弁護士 永尾廣久)

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2021.8.6

『「核兵器も戦争もない世界」を創る提案―「核の時代」を生きるあなたへ―』が刊行されました。

『「核兵器も戦争もない世界」を創る提案―「核の時代」を生きるあなたへ―』が刊行されました。 詳細はこちら お申込みはこちら

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2019.5.3

『「核の時代」と憲法9条』が刊行されました。

『「核の時代」と憲法9条』が刊行されました。
詳しくはこちら
「自著を語る」(大久保賢一)
書評
(中澤正夫・精神科医)
(永尾廣久・弁護士)

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